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「MtF経産省職員トイレ使用裁判」について

再掲に当たって

これはアナキズム実践道場「読書会通信第十六号」(発行:2023年6月)に掲載された原稿を再掲するものです。

 当事件については、6月16日に最高裁で弁論を開き7月11日に最高裁判決が言い渡される予定で、報道によれば「職員側の上告を受け、最高裁はこれまでの判決を変更する際に必要な弁論」とのことで、高裁で出された後退した判断が是正される可能性があります。

最高裁が初めて性的少数者の職場環境に関する裁判で判断を示すことになります。

news.tv-asahi.co.jp

追記(2023/7/11)最高裁判決について

www3.nhk.or.jp
https://archive.md/20230711060959/https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230711/k10014125111000.html

7月11日に最高裁判決が言い渡された(最高裁判所第3小法廷の今崎幸彦裁判長)

「職員は、自認する性別と異なる男性用トイレを使うか、職場から離れた女性用トイレを使わざるを得ず、日常的に相応の不利益を受けている」と指摘しました。

そのうえで、職員が離れた階の女性用トイレを使っていてもトラブルが生じていないことなど今回のケースの個別の事情を踏まえ、「人事院の判断はほかの職員への配慮を過度に重視し、職員の不利益を軽視したもので著しく妥当性を欠いている」としてトイレの使用制限を認めた人事院の対応は違法と判断し、判定を取り消しました。

5人の裁判官全員一致の結論で、判決を受けて、経済産業省もトイレの使用制限の見直しを迫られることになります。

性的マイノリティーの人たちの職場環境に関する訴訟で最高裁が判断を示したのは初めてで、ほかの公的機関や企業の対応などにも影響を与えるとみられます。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/191/092191_hanrei.pdf
www.huffingtonpost.jp


判決本文等、資料は順次補完したいと思います。

「MtF経産省職員トイレ使用裁判」について

 いわゆる「MtF経産省職員トイレ使用裁判」について、本年(令和5年/2023年)4月25日、 最高裁第3小法廷(今崎幸彦裁判長)は、6月16日に弁論を開くと決めた。二審東京高裁判決の判断が見直される可能性がある。(朝日新聞デジタル 2023年4月25日)

 この裁判をめぐり、高裁判決において「MtF職員の敗訴」と受け止められたことから、「MtF者の女性トイレ使用が認められなかった」かのような主張が振りまかれているが、それは誤解である。

 経緯を簡単に説明する。(下記参考文献7を元に一部編集補足した)

・当該者は身体は男性、性自認は女性の国家公務員(経産省職員)であり、専門医から性同一性障害の診断を受けており、(手術による侵襲に耐えられないため)性別適合手術は受けていない。戸籍上は男性だが、平成20年頃より私的な時間はすべて女性として過ごしている。
・平成21年、当該者は所属部署の長に自らが性同一性障害であることを伝え、女性職員として勤務したい旨の要望を申し入れた。経産省は当該者との面談等を経て、(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律との関係で必要な性別適合手術を受ける関係での、希望する性別での実生活経験の必要性を踏まえ)自認する性のトイレ(女性用トイレ)の使用は認めるが、他の職員への配慮の観点から、一定の制限(所属部署所在階とその±1階の女性用トイレの使用は認めないとの制限)の下、使用すること等を伝え、当該者も了解した。
・平成25年当該者は、トイレの利用や異動、性的プライバシーの尊重等に関し、人事院国家公務員法第86条に基づく措置要求を行った。人事院は措置要求を「トイレ利用に関しては当該者に職場の女性用トイレを自由に使用させる要求」と整理した上で、いずれも認められないと判定した。(本件判定、この裁判は経産省の処遇ではなく、人事院のこの判定を争点としている)
・当該者は国を相手に本件判定の取消と、女性用トイレの使用制限を受けている事に関し経産省の職員らがその職務上尽くすべき注意義務を怠ったとして国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求め、訴訟を提起した。
・第一審判決(東京地裁判決令和元年・12・12労判1223号52頁、事件番号は下記参照)は請求を一部容認、一部棄却(本件トイレに係る処遇及び、経産省職員等の様々な言動のうち、所属部署の長による「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」との旨の発言のみを国家賠償法上違法と判断し、また本件判定のうちトイレ利用関連の事項のみ取り消し)した。双方控訴。

 控訴判決は、国の控訴に基づき原判決を一部変更。当該者の控訴等は棄却された。

 一審判決において当該者の主張が認められたが、高裁判決において当該者の控訴が棄却され、国の主張を容れて原判決が一部変更された事を受け、「MtF職員の敗訴である」と受け止められたことから、「MtF者の女性トイレ使用が認められなかった」かのような主張が振りまかれているが、それは誤解である。

 「『性自認に基づいた性別で社会生活を送る』利益は人格的生存に関わるものであり、憲法13条に基づき保障される重要な利益の一つと考えられている」(下記参考文献5)

 しかし「性別適合手術を受けていないトランスジェンダー(MtF)が女性用トイレを利用する際に生じる懸念として、まず挙げられるのは、トイレを利用する女性の安全の確保である。トランスジェンダーと異なる女装家との区別が一見して困難な場合もあり、性的暴力や盗撮等の可能性等について、たとえその可能性が低いとしても、女性の感じる不安や恐怖に配慮する必要がある。
 もっとも、本件ではこの点は問題とされていない。
 (中略)
 本判決(高裁判決)の見解によれば、使用者が当事者や他の労働者の利益を考慮して判断したのであれば、その内容が著しく不合理なものでない限り、トイレ利用の制限について不法行為責任を問うことは難しい。他方で、使用者が当事者の利益を全く考慮せず、漫然と性自認の利益を侵害していると言える場合には、不法行為責任(及び安全配慮義務)の責任が生じうる」(下記参考文献2)との意見もある。

 現在いわゆる「LGBT法」の制定を巡って議論が行われる中で、同法の制定を阻止しようとする人たちから、「性自認によって女性用トイレの利用を認めることは、そう主張すれば、誰でも女性用トイレに入れることになってしまう」などとする主張が振りまかれているが、これは極端な解釈である。また、入浴施設に関しては、元々入浴場所を性別で分ける法律は存在せず、各県の条例でそれを定めている。その為に湯治場などでは今でも混浴が残っている。施設管理者の判断に任されているのであり、現在も「入浴着」を着用しての入浴が許容されていることなどから、社会における理解と配慮が必要と思われる。

 この件について筆者がLGBT当事者と議論した範囲では、その当事者の見解では、やはり周囲の理解を得るには当事者のコミュニケーション能力に負うところが多く、周囲からの無理解に対する個々人の対応が求められている、現在の日本社会では性自認の困難について、理解は広がっていないという印象を得た。

 ここで筆者は「性嫌悪」または「性器嫌悪」について配慮する必要を補足したい。「性嫌悪」または「性嫌悪症」はDSM-IV-TR(アメリカ精神医学界の定めた「精神障害の診断と統計の手引」)にも記載されている精神疾患ではあるが、これも個性として尊重されるべきものと考える。この症状には勃起した男性器に対する恐怖「Phallophobia」や女性器に対する恐怖「Eurotophobia」が認められている。しかし「性器嫌悪」は精神疾患として特殊な個人的傾向とは片付けられない。日本社会において、公衆の面前で全裸になる行為は刑法(175条)によって禁じられており、この法律が守る法益は「公衆の性的感情」である(現在、一般に言われている「健全な性風俗」という概念には問題がある)。
この「公衆の性的感情」が守られるべき法益であるとすると、現在、巷間議論されている「男性器のあるMtF自認者による女性用公衆浴場の利用」という問題に一定の解決への道を模索することができるのではと思われる。つまり公衆浴場において「入浴着」の着用が自然なものと社会が認知すれば、公衆浴場は他の公共空間と変わることはないのであって、誰もが気兼ねなく行き来できる場所となるだろう。トイレなど排泄のために性器を露出しなけばならない場合には、個室化されれば良く。既に女性用トイレではおおむね個室化されており、男性用についてもそうした配慮が行われるかもしれない。公衆浴場においても洗体のために性器を露出しなかればならない場面で個室化が図られれば問題の解決につながるものと考えられる。

 ここで特に強調しておきたいことは、MtF者の男性器忌避やFtM者の女性器忌避に着目すべきであると言うことだ。彼ら/彼女らは自らに備わった性器に対しても忌避感を持つという事例があるのだ。こうした傾向には理解や配慮が必要であると思われる。また特に現在、MtF者が男性用トイレを使用する場合には、男性用トイレでは共用空間において性器の露出が行われるため、男性器忌避感を持つMtF者は苦痛を感じることとなる。これは一定程度配慮すべき事柄だろう。

 安富歩東大教授(本人も女装家としてLGBT当事者である)は「LGBTなどという存在は居ない、あるのはLGBT差別である」と主張されている。そもそも「正常な性自認」も「正常な性指向」も定義は不可能である。特に性指向に関しては「生殖のためだけの必要最小限の行為を行う」というものが「正常」とみなすとすれば、それも甚だ奇異に感じられる。元々何をもって「正常」といえるかわからないものを恣意的に「特異」として居るだけであり、他者に害が及ばない限り、または公共の福祉に反しない限り、個々人の自由に委ねるのが現代社会の原則であり、憲法13条が保証する日本社会が個々人に保証した幸福追求権である。そうであるなら、当人の「性自認に基づいた性別で社会生活を送る」自由は何も難しい議論を必要としないだろう。他者の性自認を特異とみなし、自身の性自認を正常とみなすかのような狭量で、前近代的差別意識を社会が乗り越えなければならないだけだ。


【参考文献】
1.季刊労働法279号(通巻297号)2022/12/15 193
井川志郎 季刊労働法(労働開発研究)
トランス女性の性自認に基づくトイレ使用に対する制限等の違法性 国・人事院経産省職員)事件・東京高判 令和3年5月27日 労判1254号5頁【判例研究】

2.法律時報94巻6号(通巻1177号)2022/6/1 120
島田裕子 法律時報日本評論社
トランスジェンダー職員に対するトイレ利用制限等の可否 国・人事院経産省職員)事件(労働判例研究)

3.法学セミナー増刊 速報判例解説 Vol.30 新・判例解説Watch 2022/4/25 11
岡田高嘉 新・判例解説Watch日本評論社/TKC
トランスジェンダーの自認する性別に係るトイレの使用について

4.令和3年度重要判例解説 2022/4/10 184
内藤 忍 判例百選電子版(有斐閣
性同一性障害である国家公務員に対するトイレ使用制限等の違法性ー国・人事院経産省職員)事件

5.ジュリスト2022年4月号(No.1569) 2022/4/1 130
石崎由希子 ジュリスト電子版(有斐閣
労働判例研究]◇性自認に基づくトイレ利用の制限と違法性ー経済産業省事件

6.法律時報93巻12号(通巻1170号) 2021/11/1 4
岡田正則 法律時報日本評論社
職場での性的自認の尊重と人事院・裁判所の責任 東京高裁2021(令和3)年5月27日判決(判例時評)

7.ジュリスト2021年9月号(No.1562) 2021/9/1
竹内(奥野) 寿 ジュリスト電子版(有斐閣
労働判例速報]性同一性障害である国家公務員の性自認に基づくトイレ利用の制限と国家賠償責任ー国・人事院経済産業省職員)事件

【一審判決】
判決日:令和1年12月12日
判決:東京地方裁判所
事件番号:平成27年(行ウ)第667号
     平成27年(行ウ)第32189号
事件名:行政措置要求判定取消請求事件(第1事件)
    国家賠償請求事件(第2事件)

【二審判決】
判決日:令和3年5月27日
判決:東京高等裁判所
事件番号:令和2年(行コ)第45号
事件名:行政措置要求判定取消、国家賠償請求控訴事件
著名事件名:経済産業省職員(性同一障害)事件