今年の6月12日「井沢元彦さんや河村たかし前市長ら、名古屋城木造天守に昇降機設置しないよう要望 広沢市長が反論する一幕も」との報道があった。
歴史作家である井沢元彦氏が代表者となり「名古屋城木造天守の本物復元を推進する会」なる会が設立され、「城郭の国宝第一号である名古屋城木造天守の史実に忠実な復元 (昇降機等未設置) に関する要望書」と題する文書(以下「井沢文書」)を名古屋市に提出した。
同会はホームページなどもなくこの井沢文書を公開することはしていないが、河村氏は自らのX(旧ツイッター)上コメントとして井沢文書のイメージを投稿している。
名古屋城天守 エレベーターなし本物徳川家康が作ったそのまま宝暦改修天守が世界に1つ復元できる。会長は逆説の日本史名古屋出身「井沢元彦」さん。これから文化文化財をどえりゃあ大事にする日本つくるがね pic.twitter.com/P8RYoDfauR
— 河村 たかし(本人) (@kawamura758) 2026年6月12日
なお、全文は本稿の欄外に全文引用させていただいている。
事務局住所として記されているのは河村氏の自宅兼事務所であり、井沢氏が代表と言っても、河村氏の意向が強く働いている「要望書」であることは明白だ。
いったん話を基本に立ち戻らせる。名古屋市は2015年12月に「名古屋城天守閣整備事業にかかる技術提案・交渉方式(設計交渉・施工タイプ)による公募プロポーザル」「業務要求水準書」を作成している。
「名古屋城天守閣整備事業にかかる技術提案・交渉方式(設計交渉・施工タイプ)による公募プロポーザル」「業務要求水準書」
この業務要求水準書 は「名古屋城天守閣整備事業の適正かつ確実な実施を図ることを目的として、受注者が本事業を実施するに当たり、満たすべき水準その他の事項を定めるものである」(第1章 総則 「第1節 業務要求水準書の目的」より)とされた、名古屋城天守木造復元事業を進めるにあたって、名古屋市自身が「満たすべき水準その他の事項」を明示したものである。
バリアフリー問題についても、「第3章 施設整備」の「第2節 主な設計条件」の「(7)バリアフリー化」として「バリアフリーに配慮したものであること」とされ、続く「第3節 施設計画」において「1.建築性能」の「(5)ユニバーサルデザイン(配慮する項目については史実に忠実な木造復元と両立した計画とする)」として事細かに内容が謳われている。
この業務要求水準書は名古屋市が事業者に求めたものではあるが、元より名古屋市において自身が策定した要求水準の内容は遵守すべきものであり、ここに挙げられているような事項を名古屋市自身が尊重するべきことは言うまでもない。事業方針はこの業務要求水準書を基盤として決定しているのであって、議会も了承している。それを無視して「エレベーターは設置しない」などというような方針変更は大きな矛盾を生み、事業そのものを混乱に陥れ、事業の遅延や事業経費の増大を引き起こす。
現事業者はこの業務要求水準書に準じた設計提案を行っていたが、河村氏は、この提案を反故にし、鉄骨等の部材を使わず、オリジナルの木造に近い構造とするように指示を出し、結果としてエレベーターの設置が困難となった。
そうした名古屋市の方針に対して文化庁は改めて「バリアフリーに配慮した設計」を求めた。これに応えるために、市は2019年にエレベーターに代わる昇降技術の実験施設として、総工費9,040万円をかけて階段体験施設「ステップなごや」を開設し、「史実に忠実な復元とバリアフリーの両立を目指し、昇降技術を世界中から募り、実用化して木造天守へ導入することを目的とします」(※)として、開発契約費8千万円、導入契約費2億円(ともに上限)(※※)を示し、昇降技術を公募し、2022年に優秀提案者を選定した。しかしその提案においても結局「史実に忠実な復元」と「法の要請するバリアフリー」の両立は叶わなかった。
※・・・「名古屋城木造天守の昇降技術に関する公募」の実施について(2022年4月18日)
※※・・・「名古屋城木造天守閣の昇降に関する公募 公募要領」(2022年7月)
名古屋市は2026年2月20日に、障害当事者も参画する会合を開き、その場で優秀提案である小型昇降機の模型を展示したが、実際に車いす利用者が昇降機に入ろうとするとサイズ不足で利用できないことが判った。

すなわち現代社会の技術力では「史実に忠実な復元」と「法の要請するバリアフリー」の両者の要望を両立させることはできないと判明したわけで、ここで理性的な判断力があれば、この両立を叶える技術が登場するまで、当事業は延期するべきだろう。実現できないことにこれ以上公費をかける必要はないし、技術的にできないと判明した事柄を政治的にどうこうしようとする事は誤りであり、不適切な政治的介入と言わざるを得ない。
以上述べたように名古屋市の本来の方針は「バリアフリーに配慮したものであること」であり「昇降機の設置」である。名古屋市の公式の課題は「果たして何階まで昇降機を設置すれば配慮したものと言えるのだろうか」ということであり、「昇降機の未設置」を論点として考慮することは本来できない。今の段階でこれを「要望」するという行為は「無理強い」というものであり、衆議院議員であり前名古屋市長、減税日本党首としての河村氏がこの井沢文書のようなものを突き付け、減税日本所属の現名古屋市長である広沢一郎氏に「無理強い」をするとすれば、それは「パワーハラスメント」と呼ばれうる出来事だろう。
もう一つ河村氏の「無理強い」が引き起こした事案を確認しておきたい。
名古屋市は2023年6月3日に「名古屋城バリアフリーに関する市民討論会」を開催した。そして討論会の席上、参加者から身障者に対する差別発言が発せられ、「差別発言事案」として、検証委員会(「名古屋城バリアフリーに関する市民討論会」における差別事案に係る検証委員会」)が設置され、事業は停止された。検証委員会は2024年9月18日に「『名古屋城バリアフリーに関する市民討論会』における差別事案に係る検証について(最終報告)」を公表している。
この最終報告書では「職員の苦悩や葛藤」として次のような報告もされている。
「新技術の公募は、議会の議決を経て公費によって実施され、公募要件を満たした提案を事業者が行い、専門の評価員が適正に審査したものである。市長が『昇降技術』の設置を明確に否定した発言等は確認できなかったが、市長は、定例記者会見などの公的な場において「垂直昇降設備の設置は1,2階まで」と発言していたことから、所管副市長は市長が『昇降技術』を設置しないとの判断に傾きかねないことに強い不安を感じ、職員も市長の『昇降技術』の設置は望ましくないという思いをレク等で繰り返し耳にすることで、相当なプレッシャーを感じていた者もいた。そして、職員は、討論会での市民意見に対して、『昇降技術』の設置自体は公募により決定していることを明確に説明できていなかったが、その背景には、市長の『昇降技術』への言動が職員の意識に少なからず影響していたと考えられる。さらに、市長や所管副市長の言動をパワーハラスメントと感じる職員が生じるほどに関係者間の円滑なコミュニケーションが取れていなかった時期も生まれていた。それらのことに鑑みれば、市長は、行政の長として、公募結果の遂行にあたって、苦悩や葛藤を抱える職員に対する配慮に欠けていた面もあったといえよう」(最終報告 pp.35)
最終報告では「市長が『昇降技術』の設置を明確に否定した発言等は確認できなかった」としているが、平成29年11月20日市長定例記者会見において河村氏は「名古屋城のエレベーター。これにつきましては、正確に言いますと(略)エレベーターは僕は前からつけんほうがいいのではないか」と発言している。
またこの最終報告において「市長が『昇降技術』の設置を明確に否定した発言等は確認できなかった」とする記述と、「設置は望ましくないという思い」との市長の発言を繰り返し耳にしていたという説明は矛盾している。市長が職員に「設置は望ましくない」という意見を繰り返し語っていたが、今回の調査ではそうした発言を報告せず「明確に否定した発言等は確認できなかった」という結論になっただけではないのか。
すでに設置決定済みのバリアフリー設備を「未設置」と言い張る、河村氏の強硬な姿勢がそこにある。こうした無理強いが差別的発言を誘発したのではないか。
この井沢文書の主張を確認してみると、歴史作家である井沢元彦氏が関わっているとは思い難い記述に気が付く。
文中「戦後、各地で城郭建築の木造復元が行われてきました。 掛川城、白石城、大洲城、伊予松山城などの木造復元天守では、文化財再現を優先する観点から昇降機は設置されていません」とされているが、伊予松山城の大天守は、江戸時代(1854年)から残る「現存天守」であり、戦後の復元天守ではない。
また「名古屋城天守は、詳細な図面や写真、記録が残されており、推測に頼らず往時の姿を再現できる世界的にも稀な事例です」とされているが、名古屋城天守に「内部構造図」は残されていない。「昭和実測図」を「内部構造が判る資料」と主張しているが、「昭和実測図」が作られた時期に名古屋城天守は「国宝」であって、当然破壊的調査はできなかった。そのため内部構造には触れず、柱や梁などの構造物の外形的な調査にとどまり、どのような間隔で構造物が配置されているか等の情報しか記されていない。
神戸市に「箱木家住宅」と呼ばれる最古の民家建造物がある。現在は国宝に指定され、観覧に供されている。
1978年に移築解体が行われ、その際の部材調査が東京文化財研究所(旧東京国立文化財研究所)の保存科学研究センターが発行している「保存科学 第19号(1980年3月)」に「重要文化財箱木家住宅の柱の修復処置(受託研究報告第47号)」として報告されている。
「重要文化財箱木家住宅の柱の修復処置(受託研究報告第47号)」
「重要文化財箱木家住宅の柱の修復処置(受託研究報告第47号)」
この資料を見ると、個別の柱や梁について詳細な内部構造が記されていることが分かる。木造建築物の神髄は、木造の加工方法や接合部である「継手(つぎて)」と「仕口(しぐち)」の「工法」にあり、ましてや名古屋城天守建築においては天下普請であったことから、当時の「飛騨の匠」が最高の技術をもって造り上げたことが想像される。しかし、そうした貴重な技術が公に知られることはなかった。江戸時代は尾張藩の最重要戦略要塞であり、勿論その構造を書き留めるような史料は作られていない。また明治維新以降は取り壊しも議論されるほど軽視され、昭和に入って国宝に指定されたのちは破壊調査など及びもなく、結果として「昭和実測図」のような外形調査が限界であり、オリジナルの天守建物が戦災で焼失してしまった今となっては、文化庁が「史跡等における歴史的建造物の復元等に関する基準」で「復元」の条件として求める「工法」について、どのような工法で築き上げられていたか「推測」に頼る以外に術がない。井沢文書では「推測に頼らず往時の姿を再現できる世界的にも稀な事例」と主張しているが、それは過剰な表現といえる。
「史跡等における歴史的建造物の復元等に関する基準」令和2年4月17日 文化審議会文化財分科会決定
この基準では「復元」に求められる「復元に用いる材料・工法は同時代のものを踏襲」とするとしており。「工法」を踏襲しなければならないが根拠とできる資料は無い。名古屋市は『昭和実測図』を内部構造を示す資料とするが、そこには柱や梁などを加工する継手、仕口の仕様は描かれておらず「工法」の再現はなしようがない。
名古屋市の公式な見解(河村氏の強い意向)では「復元」であるとされているが、この基準でいう「復元」を満たしてはいない。
また耐震性を得るために各部材を接合金具で繋ぎ、壁に耐震ダンパーを入れ、照明や火災報知器の為の電気設備を敷設しスプリンクラーも配備するなど「復元的整備」とされる再現方法を取られている。
文章の頭では「世界一のバリアフリー都市」を目指すのが「理念」であると言いながら、昇降機の設置を行わないことを要望するという背反する主張は、一般的には理解できない。
そもそも名古屋市が第三者から「世界一のバリアフリー都市」であると呼ばれた事実はない。
2024年4月1日(月)前年の6月に発生した「差別発言」を受けて「世界一のバリアフリー都市を目指す」とエイプリルフールに市長会見において言っただけである。
それでも「世界一のバリアフリー都市」を目指すとして、3つの施策を発表した。
その1「新技術開発の公募・実証実験」
「階段を昇降できる車いす型ロボットや、人を乗せて移動できるドローン、ロボットスーツなどの活用を模索しました」とするが、具体的な成果が出ていないのは先に述べたとおりだ。
その2「計画段階への当事者参画」
「公共建築や民間建築の計画段階から、ハンディキャップのある人にチーム(設計段階)へ入ってもらう仕組み作りを提案しました」として名古屋市は「名古屋市バリアフリー庁内推進会議」を設置した。
名古屋市バリアフリー庁内推進会議の開催結果|名古屋市公式ウェブサイト
その全活動を追ってみよう。
1)令和6年5月13日(月)午前9時40分~午前9時50分(10分)
2)令和6年9月9日(月)午前10時00分~午前10時20分(20分)
3)令和7年4月21日(月)午前10時10分~午前10時25分(15分)
当事者参画の場 開催予定(令和7年度 11件)
4)令和8年5月11日(月)午前9時30分~午前9時50分 (20分)
当事者参画の場 開催実績(8回 計24案件)
当事者参画の場 開催計画(14回 計27案件)
名古屋市の職員は優秀だから、4年で1時間5分費やせば「世界一のバリアフリー都市」も実現できる。
そして最もひどい、その3「バリアフリー担当特別秘書の登用」
「外部から専門の特別秘書を登用し、先端技術を駆使したバリアフリー化の具現化を試みました」としているが、この「バリアフリー担当特別秘書」こそが田中克和(たなか よしかず)氏 であり、長く市長特別秘書を務めたが、2024年に入り、2019年に開催された名古屋城復元に関する市民説明会において、復元計画に賛成するサクラの市民を動員するよう市議に依頼していた疑いが報道され、市議会などで公平性の不備として大きな問題として追及を受けることとなる。
現在も市長特別秘書の職は解かれたが、減税日本の選挙候補として活動しているようだ。結局、河村氏が市長権限で減税日本の選挙浪人を雇い入れて、公費で養っていただけで、田中特別秘書がバリアフリー問題に何らかの活躍を行ったという事実はない。
自ら引き起こした「差別発言事案」で新しい「バリアフリー担当特別秘書」なる役職を設置し、減税日本から選挙に落ちて浪人している人間を雇い入れ、養うというのは、「焼け太り」というものだろう。これらの政策が何らかの成果を挙げているのであれば「世界一のバリアフリー都市」と強弁することも根拠はあろうが、実態が何もない「理念」というものをどう理解すればいいのだろうか。
そしてこの井沢文書の最大の問題点は次の一文である。
「文化財の保存や安全確保に必要な防災設備・電気設備等は適切に整備されるべきですが、昇降機等の設備については慎重な判断が必要です。 梁や柱などの主架構に影響を与えない昇降機であっても、史実には存在しなかった設備であり、「完全復元」という本事業最大の価値を損なう要素となります」
史実には存在しなかった設備として、接合金具や耐震ダンパー、電気設備、火災警報器、スプリンクラーなどの設置がすでに決定している。仮にこれらによって「『完全復元』という本事業最大の価値を損なう」と言うのであれば、そもそも「完全復元」など最初からできておらず、「本事業最大の価値」はすでに損なわれていることになる。しかし、「安全確保に必要な防災設備・電気設備等は適切に整備されるべき」とする一方で、「昇降機等の設備については慎重な判断が必要」とするこの不自然な線引きは、一体何を根拠にしているのだろうか。
自分たちの安全を確保するための「防災設備・電気設備等は適切に整備されるべき」だが、自分たちとは関係のない「(身体障害者の為の)昇降機等の設備については慎重な判断が必要」と主張するのであれば、まごうかたなき差別発言であろう。河村氏のこの障害者に対する差別意識が、この文書に表明されているのであり、差別発言検証委員会における最終報告で婉曲に表現していた河村氏の歪みが明白になっていると言えるだろう。
先の差別発言事案が発生した際に、一部メディアにおいて「名古屋城というのは差別の城」と呼ばれたが、中心人物であった河村氏の差別意識をコンセプトに置けば、こういった評価も的外れではない。このまま名古屋市が、井沢文書による要望を受け入れ、「城郭の国宝第一号である名古屋城木造天守の史実に忠実な復元 (昇降機等未設置)」を実現するならば文字通り「差別の城」が造られることになるのだろう。
ここで重要な指摘をしたい、私がこの文章を書こうとした目的でもある大きな問題だ。名古屋城天守木造化問題について、その争点が「史実に忠実な復元」か「バリアフリーの設置」かといった二分方なのであるなどという誤解が広がれば、やがて明らかとなる別の理由で名古屋城天守木造化がとん挫した際に「バリアフリー設備を求める身障者たちが『わがまま』を言うから、名古屋の宝である名古屋城天守の木造復元ができなかった」というような誤った認識が広がる懸念がある。それは避けねばならない。「名古屋城天守の木造復元ができなかった」理由はバリアフリー問題ではなく、別の理由による。
そして繰り返すが、そもそも名古屋城天守木造計画の当初から、疑問の余地なく「バリアフリーに配慮したものであること」が木造化事業の条件として据えられていたのであり、そうした条件を覆そうとしているのは(『わがまま』を言っているのは)河村氏の方なのである。(バカバカしいが念を押すと、この条件を据えた際の名古屋市長は河村氏本人である)
やがて明らかとなる別の様々な問題に対して、正当に対峙してこなかったのも河村氏であり、結果としてバリアフリー問題とは別に名古屋城天守木造化計画はとん挫する。その責任はバリアフリーを求めた人々にあるのではなく、河村氏に帰されるものである。
「「城郭の国宝第一号である名古屋城木造天守の史実に忠実な復元 (昇降機等未設置) に関する要望書(令和8年6月12日)名古屋城木造天守の本物復元を推進する会
以下全文引用
令和8年6月12日
城郭の国宝第一号である名古屋城木造天守の史実に忠実な復元 (昇降機等未設置) に関する要望書
名古屋市長 広沢一郎殿【要望の趣旨】
要請団体名:名古屋城木造天守の本物復元を推進する会
代表者名:井沢元彦
事務局住所:名古屋市東区古出来2-5-11
事務局連絡先:(引用者編集)xxx-xxx-xxxx
「世界一のバリアフリー都市と本物復元を両立する」という理念のもと、名古屋城天守の木造復元にあたり、内部に昇降機等の現代設備を設置せず、史実に基づく完全な姿での復元を実現されることを要望いたします。
徳川家康公の天下普請による(ママ)築かれた名古屋城は近世城郭建築物の集大成とされ1930年には城郭の国宝第一号に指定されました。
本事業は、戦災で失われた国宝建造物を豊富な史料に基づいて再現できる極めて稀な文化事業です。文化財としての真正性を守り、後世に誇れる復元を目指していただきたくお願い申し上げます。
【要望の理由】
1.名古屋城天守木造復元は名古屋市民の悲願です
1945年名古屋大空襲で焼失した天守は戦後、二度と燃えない天守という市民の願いによって鉄筋コンクリートで外観復元されたものの、復元当時の市民感情では、失った建造物の完全復元を望む声が多数ありました。
しかしながら当時の建築基準法や資金の制約によって、やむなく鉄筋コンクリートになった経緯もあり、やはり名古屋市民にとって名古屋の象徴であり、心の拠り所だった天守を失った喪失感は今なお大きく影響しています。
また戦時下の名古屋城防空対策に関する打合議事録中にも「万が一、空襲で破損した場合の復旧、又は、大破壊されてしまった時の記録とい(ママ)て、大変貴重なもの」と「昭和実測図」の価値が記載されています。
まさに「昭和実測図」に基づいて完全な復元をすることは名古屋市民の悲願と言えます。
2. 「完全復元」 という唯一無二の価値があります
名古屋城天守は、詳細な図面や写真、記録が残されており、推測に頼らず往時の姿を再現できる世界的にも稀な事例です。そのため本事業の最大の価値は 「完全復元」にあり、現代設備の導入はその真正性を損なう可能性があります。
3. 他城郭復元との決定的な違いがあります
戦後、各地で城郭建築の木造復元が行われてきました。 掛川城、白石城、大洲城、伊予松山城などの木造復元天守では、文化財再現を優先する観点から昇降機は設置されていません。名古屋城はさらに豊富な史料に基づく高精度な復元が可能であり、その価値を最大限に生かすべきと考えます。
4. 将来世代への責任があります
木造復元建築が年月を経て文化財として評価される例もあり、名古屋城天守も将来的に高い文化的価値を持つ可能性があります。50年後、100年後の国宝を目指すという視点も重要です。そのため、現代的な追加設備を設けることよりも長期的な文化財価値を重視し、将来世代へ真正な姿を継承することが重要です。
5. バリアフリーと復元理念は分けて考えるべきです
バリアフリーの推進は重要ですが、文化財の完全復元とは異なる目的として整理する必要があります。バリアフリーの理念は極めて重要であるが、それは生活空間において優先的に確保されるべきものであり、文化財の完全復元と同一の次元で論じるべきものではありません。
見学機会の確保や情報提供、周辺施設の整備などにより、本物の文化財を守りながら多様な人々がその価値に触れられる環境を実現できると考えます。
6.名古屋城復元事業の本質は史実に最も忠実な復元を追求することです
文化財の保存や安全確保に必要な防災設備・電気設備等は適切に整備されるべきですが、昇降機等の設備については慎重な判断が必要です。 梁や柱などの主架構に影響を与えない昇降機であっても、史実には存在しなかった設備であり、「完全復元」という本事業最大の価値を損なう要素となります。名古屋城天守は極めて高い精度で往時の姿を再現できる稀有な事例であることから、文化財保存に必要な設備を除き、改変は可能な限り抑え、史実に忠実な復元を優先するべきです。
【結び】
名古屋城天守の木造復元は、単なる再建ではなく、「失われた文化財の完全な復元」という歴史的事業です。この機会を逃せば、同様の挑戦は二度と実現しない可能性が高く、だからこそ、どこまで本物にこだわるのかです。現代的な追加設備を優先した“それらしい再建”か、それとも、後世に誇れる“真正な復元”か。我々は後者を選ぶべきです。
以上の理由により、昇降機等の設置を行わない、完全な復元の実現を強く要望します。
ただし皆さまに均しく天守に入り昇っていただけるよう、会としても文化財の真正性を損なわないバリアフリー対策について、近く画期的な新提案を提言する用意があることを付記します。
追記:井沢文書では「ただし皆さまに均しく天守に入り昇っていただけるよう、会としても文化財の真正性を損なわないバリアフリー対策について、近く画期的な新提案を提言する用意があることを付記します。」と6月12日に発表して、はや一ヶ月が過ぎた。
井沢元彦氏のユーチューブチャンネルの動画で「新提案」がなされるそうなのだが、いまだに掲載されてはいない。
追記:
井沢元彦氏がユーチューブ動画で「画期的な新提案」を公表している。
www.youtube.com
なんなんだろうと思っていたが「背負子」だそうだ。
数年前から河村氏が言っていたこと※を、そのまま主張しているに過ぎない。
※名古屋市会 本会議 平成25年6月定例会06月19日 河村市長(当時)発言等
この動画中 井沢元彦氏は「(井沢氏自身も)今年中に車椅子になったって不思議はないわけですが じゃあ立場を 手のひ返して(ママ) 名古屋城にエレベーター作れって言うかって言うとそれは言わないですよね やっぱりそれは わがまま だと ま わがまま という言葉に抵抗があるならば この時代の人間の都合を押し付けるべき ではない」(動画中 6:34 自動文字お起こしによる)と語っている。
木造化名古屋城をバリアフリーにせよと言っているのは身障者ではない 名古屋市自身の事業方針による
www.nagoyajo.city.nagoya.jp
業務要求水準書
https://www.city.nagoya.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/174/0418_1-2.pdf
「第3章 施設整備」の「第2節 主な設計条件」の「(7)バリアフリー化」及び「第3節 施設計画」「1.建築性能」「(5)ユニバーサルデザイン」に「バリアフリーに配慮したものであること」と明記されている。
「わがまま」を言っているのは、障害者団体や日弁連ではなく、自分で決めた業務要求水準を無視して横車を押す河村前名古屋市長や井沢元彦氏の方です。
こういった動画で「わがまま」という言葉を使えば、ユーチューブ動画程度で物事を分かったつもりになるようなおっちょこちょいの者たちは「わがまま」という言葉だけを受け取る。
そして「身障者たちが『わがまま』を言うから名古屋の宝である木造化名古屋城ができなくなる」というような主張につながる。
名古屋市が行った差別事案の検証報告が指摘した河村前名古屋市長自身の歪んだ主張が差別事案を生んだという問題を再現している。
井沢元彦氏は「いや、自分は身障者団体が『わがまま』だなどとは言っていない」というかもしれないが(そのために自動文字起しによって正確に引用させていただいたが)その主張はその通りだが、実際に討論会で差別発言が口にされた事実を無視した無責任な態度であると指摘させていただく。














