市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

あいトリ問題で岸田首相に「意見書」?

 昨日有る方が「天皇陛下への名誉毀損内閣総理大臣が告訴する旨、刑法に 定められている」と主張された、私はそんな事があるのかと疑問を呈した所、ちゃんとその根拠条項を示された。

 刑法232条の第2項がそれである。最近、あいちトリエンナーレを訴えた大阪の方々が、この条項を引っ提げて「総理大臣は天皇陛下への名誉毀損を告訴すべきである」と主張し、内閣府などへ意見書を提出するとしているらしい。

 その場ではちゃんと根拠を示し、上記の主張を展開された事を尊重し時間もなかったことから議論は打ち切りになったが、この主張は2段階にかけて間違っている。

 まず、この刑法232条の第2項が適用された判例はないようである。

https://thoz.org/law/%E6%98%8E%E6%B2%BB40%E5%B9%B4%E6%B3%95%E5%BE%8B%E7%AC%AC45%E5%8F%B7/%E7%AC%AC232%E6%9D%A1%E7%AC%AC1%E9%A0%85/

1.そもそも刑法における「名誉」とは「人や企業の客観的な社会評価」をいい、主観的な「名誉感情」を傷つけられたことは対象にならない。また「具体的な事実を摘示」した場合が対象となり、主観的な「評価」や「感情」は原則として対象とならない。つまり、他者がどう思い、言動を行おうと、それが対象者の社会的評価を下げる効果、信憑性がなければ社会的評価は下がることはなく、名誉は毀損されない。

 具体的に言うと、(大浦作品の文脈は異なりますが、ここではその議論は置きます)天皇陛下の写真を燃やしたり、その灰を足蹴にしたとしても、その行為者、または作者の社会的評価には関わるが、それを為された天皇陛下自体の社会的評価は揺るがないということです。

 また、死者に対する名誉毀損は「虚偽の事実を摘示することによってした場合」(230条の2)と明確に定められている。

 事実を摘示しない侮辱について別条で定められているので、例えば執拗に主観的な評価を投げつけられるような場合には、こちらが適応されるのかもしれないが。少なくとも大浦作品が「天皇陛下の名誉を毀損した」とは現行法では考えられない。

2.名誉毀損、侮辱ともに「親告罪」である。つまり対象者(この場合、天皇陛下)が主観的に名誉が毀損された、侮辱を受けたと感じ、法に抵触していると判断した場合、「告訴」を行い「公訴」を提起することになります。 
 
 ここが私の引っかかったポイントで、刑法は実行者と警察(国家)の関係を定めていて、対象者(被害者)は何もしなくても、刑法に抵触していれば国(警察や検察)が「公訴」するもので、誰かの「告訴」など必要ないと、私が勘違いしていました。「親告罪」(秘密漏示罪や過失傷害罪)の提起は被害者の「告発」で国(警察)が動くものと思っていたのですが「告訴」が必要だったのですね。

 ともかく、この第232条の規定はその「親告罪」の規定です。
 第1項は「この章(第三十四章 名誉に対する罪)の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない」と定めています。

 そして第2項で「告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣であるときは内閣総理大臣が、外国の君主又は大統領であるときは(以下略)」と親告罪の告訴を内閣総理大臣が輔弼することと定めている。

 いわゆる「記帳所事件」(1989年)において、「象徴という特殊な地位に鑑み、公人としての天皇に係る行為については、内閣が直接的に又は宮内庁を通じて間接的に補佐することになり、その行為に対する責任もまた内閣が負うことになるので、天皇に対しては民事裁判権がない」(1989年5月24日千葉地裁)とする判断が示され、「天皇といえども日本国籍を有する自然人の一人であって、日常生活において、私法上の行為をなすことがあり、その効力は民法その他の実体私法の定めるところに従うことになるが、このことから直ちに天皇も民事裁判権に服すると解することはできない。仮に天皇に対しても民事裁判権が及ぶとするなら、民事及び行政の訴訟において天皇と言えども被告適格を有し、また証人となる義務を負担することになるが、このようなことは日本国の象徴であるという天皇憲法上の地位とは全くそぐわないものである。そして、このように解されることが天皇は刑事訴訟において訴追されるようなことはないし、また公職選挙法上選挙権及び被選挙権を有しないと一般に理解されていることと整合する」(1989年7月19日東京高裁)とし、1989年11月20日に最高裁で確定している。

 つまり「天皇は刑事訴訟において訴追されるようなことはない」し、名誉毀損を告発する必要がある場合においても、天皇陛下がご自分で行うことはできず、内閣総理大臣が代わって行わなければならない。

 ここからは私の考察だが、では、天皇が名誉を傷つけられた、侮辱を受けたと主観的に考えた場合、それを内閣に伝えて内閣総理大臣に「告訴」をさせるということになるのだろうか?天皇は内閣にアレコレ指示はしないことになっているとすると、そうした事例が起きた場合、時の内閣総理大臣天皇の主観的感情を「忖度」して「告訴」をするという法律の建付けになっているのかと感じる。

 つまり、ここでも決定権、決定主体が隠蔽されている。

 この国は、何かというとこうした決定権、決定主体を隠蔽したがる。誰がやったのか、誰が決定したのか、その決定の責任を負うものは誰か、結局わからない。そうした在り方が、無責任な付和雷同を社会風土として定着させている。「中心は空洞」この神道的世界観、天皇を神とした中心(決定権力者)の不在。この問題は突き詰めるべきではないのかと思う。

 付言:というわけで結論としては「岸田総理に、『大浦作品は昭和天皇への侮辱であり、今上陛下も心を傷められているはずなので、告訴を行い、公訴を提起すべきである』と意見書を出す」行為自体は上記の法律的理路からは成立するように見える。(つまり、「名誉毀損」ではなく「侮辱」であり、「告訴」というよりも「親告罪の告発」による「公訴」の提起)

 しかし、今上陛下の心情、及び岸田首相の心情に対して提起者が主観を押し付けているように感じますし、その意見書が社会的合意を得られるようには思えない。

この文章は、その方へ郵送するとともに、その勉強会メンバーの共有SNSに投稿させていただきます。

夜明け前

 2022年も大晦日となった。本年もありがとうございました。

 当ブログが一貫して追求している名古屋市政の問題、河村たかしの欺瞞性については、すでに明らかとなっている。

 来年(2023年)の地方選挙、その前哨戦である愛知県知事選挙において、河村たかし減税日本は知事候補を擁立できないようだ。知事リコール運動で熱心に河村のデマを信じた「ネトウヨ」候補が2人も立候補しているんだから、どっちかぐらい応援してやればいいのにネ。

 それどころか、名古屋市会議員選挙を前に、日本維新の会との連携が切れて逆に対抗馬を立てられる始末、減税日本を離脱した現職市議や、元職が維新から減税日本の対抗馬として立候補するようだ。この減税日本と維新の対立も、元はと言えば維新の岬まき代議士を戦略的見通しもなく「売った」河村たかしの失着であって、人を見る目、先を見越す目、政治的判断能力の無さを改めて露呈することとなった。

維新・岬衆院議員を不起訴 虚偽経歴「嫌疑不十分」―名古屋地検:時事ドットコム

 更に来年3月末には名古屋城木造化について文化庁に「基本計画」の提出をするつもりで居るらしいが、それはできない。

 それより先ずは、2022年の末までに文化庁に「基本計画」の提出ができなければ「切腹」するといった発言、まさに今日が切腹の期日だがまたまた食言するわけだ。

名古屋市:平成31年4月1日 市長定例記者会見(市長の部屋)

 「河村たかしの嘘」がまた一つ積み上がった。

 そして来年3月末に文化庁に「基本計画」を提出しても、それは受理されない、または文化庁はそのような計画を承認できない。なぜなら、現在の名古屋城木造化計画は日本弁護士連合会から「人権侵害である」と再検討を求められている代物だからだ。

www.nichibenren.or.jp

 文化庁日弁連から「人権侵害」と言われているような計画を受け取れるわけがない。

 つまり、名古屋市当局や河村たかしは、それが受け入れられないことを重々承知で、3月末に名古屋城木造化についての「基本計画」を提出することになる。そこで中日新聞はまたまたまた「名古屋市名古屋城木造化基本計画を文化庁提出」とか書くだろう。(何度目ですか)そして名古屋城問題が進んでいるかのように見せかけて、統一地方選挙が行われる。

 そして選挙が終わってから、5月か6月、ほとぼりが冷めたころに、ひっそりと不受理の知らせがやってくる。名古屋市民はまたまたまた、河村たかし中日新聞に騙されることになる。

 中日新聞は社説で、このバリアフリー問題さえ河村が譲歩すれば解決するようなことを書いている。

www.chunichi.co.jp

 これは欺瞞か、現状を判っていない。

 現在の計画では発災時の2方向避難路が確保できていない。この欺瞞が通れば、発災時に人が死ぬ。そうした事実を公器たる新聞が無視するとは見識が低すぎるし、名古屋市も行政として無責任にすぎる。

 また、この12月にあった名古屋市会経済水道委員会で木造化建築費だけでなく、その維持費も含めれば木造化の費用は1000億円になるのではとの市議からの質問に、当局は年間20億円の利益を50年間続けるというような回答を示しているが、こんな収益計画は欺瞞にすぎる。

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

 写真は現在の名古屋城「西北隅櫓」(御深井丸戌亥隅櫓、清洲櫓)であり1930年(昭和5年)、国宝保存法に基づき当時の国宝に指定、1950年(昭和25年)に文化財保護法施行にともない重要文化財に指定された名古屋城の櫓であり、清州城を移築したのではと言われていることから、 清洲櫓として親しまれている建物だ。少なくない人たちがこれを見て「名古屋城」と誤解し、直後にその後ろに控える大天守を発見して驚くほど立派な建築物だ。それなのに今、その 清洲櫓が雨漏りのため、瓦屋根にテントを張ったみっともない姿を晒している。

 河村市政では、木造化された大天守においても、この程度のみっともない事をやりかねない。こんなだらしない姿が、尾張名古屋であって良いのだろうか。

 そもそも「史実に忠実」といって、現在、現に存在している昭和改修大天守を破壊する行為は、第二次世界大戦の戦災による文化財の破壊や、戦後の市民による再建という努力を隠蔽し、歪め、踏みにじってしまうことにならないのか。文化、伝統とは、レプリカをでっち上げることとは思えない。今あるものを先ずは尊重し、大切に次の世代に受け渡していくこと、これこそが文化ではないのか。中日新聞の社説には胡麻をする音しか聞こえない。こうした高い見識を感じない。

 と、イントロのつもりで書き出して書きすぎてしまった。

 岐阜新聞土岐市に有る核融合研究所から輩出された核融合ベンチャーを紹介している。

www.gifu-np.co.jp

 ローレンス・リバモア研究所が12月にレーザー型核融合施設で自己加熱を達成させた。

www.llnl.gov

 ロッキード・マーチンも高ベータ核融合炉の実用化を2024年と発表している。

www.lockheedmartin.com

 核融合(「核」という言葉に抵抗があるのであれば、「プラズマ発電」でもいい、「核融合」では放射性物質は燃料として使われないし、出るとしてもトリチウムが少量(そもそもトリチウム自体危険性は低い)か、中性子被爆される施設の廃棄物程度である)がいよいよ実用化されようとしている。

 地球上に有るエネルギーはほぼ全て太陽由来である。石炭や石油、天然ガスは太陽エネルギーを蓄えた植物の変化したものにすぎない。太陽光はそのまま太陽由来だし、風も発生原理は太陽熱、波や潮汐力もその大部分は太陽を発生原因としている。水力は太陽によって引き起こされる雨、雪が水に対して位置ポテンシャルを与えている。

 そして産業革命以降起こった戦争は、最近のウクライナ・ロシア紛争も含めて、こうしたエネルギーの獲得合戦が原因となっている。つまり、人類にとってエネルギー獲得が容易となれば、紛争など起こす必要もなくなるということだ。

 また、食料も結局は太陽エネルギーを由来としている。人間の活動エネルギーも太陽由来であることは既に述べた。

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

 人間は太陽と、それを受け入れうる地球の農地や海洋を奪い合って生存してきた。かのローマクラブの「成長の限界」も、こうした地球の限界(=太陽の限界)に束縛された論考でしか無い。しかし、人類が太陽の束縛から解き放たれれば、こうし選別論も必要ないし、獲得合戦の悲劇も必要ない。

 もし、人類が無制限のエネルギーを手に入れることができれば、それを利用して植物を人工光栽培し育てる事が可能だ。つまり、食物生産に日照も耕作地の制限も必要なくなる。(「無制限のエネルギー」を手に入れることによる危険性は、それを手に入れた世代に任せる以外にないだろう。私は人類には可能性はあると考えている)

 そうして生成されたアミノ酸を使えば、人工の肉すらも創作可能だ。

www3.nhk.or.jp

gigazine.net

www.hybrid.t.u-tokyo.ac.jp

 遺伝子操作でもない。単にタンパク質を生体内で培養するのか、シャーレの中で培養するのかの違いでしかなく、これを忌避する行為は「カメラで写されると魂が抜き取られる」と言うに等しい行為となるだろう。

 さて、ここで話はガラリと変わる。

 人類が無制限のエネルギーを手に入れ、食の不安が払拭した時、産業革命以降発展し、途中社会主義と競争をし、一旦は勝利を遂げたかに見える「資本主義」は必要なくなる。

 特に、新自由主義とでも言うような、「金」の収奪合戦としての経済競争は必要なくなる。本来、経済学とは、食料などの人が生きている上での資源をどのように配分すべきかという議論に他ならない。それが資本や「金」という代替ツールへの幻想が定着し、そうした人間が本来手に入れるべき物を差し置いても、「金」を得ようとする。まるで「健康のためなら命も要らない」というような現在の歪んだ社会が生まれた。

 こうした歪んだ社会のあり方の一つが「財政均衡論」とも言える。

 「経済の目標は財政の均衡である」というのは、こう書いてみればその言明が如何に虚しいかわかりそうなものだ。ここには目的と手段の転倒がある。「経済の目標は人々の需要に対する適正な配分である」そのために、完全雇用(または、所得の保障)格差の是正、適正なインフレ(緩やかな社会の拡大)を実現すべきであって、その手段の上での一つの指標でしか無い財政の均衡など人類にとって必要ない。

 以前示したように人口と経済成長も比例などしない。人口が減少するからと、経済まで縮小させ、その結果、富裕層が占有率を高める必要もないのだ。

「日本の人口と経済成長」
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/i/ichi-nagoyajin/20160920/20160920004040.jpg

 こうしてみると、竹中平蔵パソナなど、日本社会を歪めてまで「金」を求めた者たちが哀れなピエロに見える。

 私は約10年前に「アベノミクス」で言われた財政出動、経済の拡大は正しかったと思っている。問題は国が当面の流動性拡大のために、債務を積み上げるという行為は、問題を先送りしているのであって解決ではない。それによってイノベーションを起こすなど、適正な再配分が安定的に行われるように社会を立ち直らせる必要がある。社会が適正に立ち直れば、結果として財政は均衡するし、再拡大が図れる。日本社会はその前の段階で社会を効率化すべきと勘違いし、経済を縮小均衡させてしまった。小泉・竹中改革が誤りであった事は明白である。(竹中改革は行政の縮小ではなく、単なるレントシーキングと、公的資本の不当廉売でしか無かった)それを受けた民主党政権や、その尻尾である河村流減税政策も、程度の低い劣化コピーでしかなかった。

 それを打ち破ったのが安倍政権の財政出動なんだが、ここでも新たなレントシーキングが行われ、必要なイノベーションは起きず、債務が積み上がるだけになってしまった。

 大学に対する予算を引き上げ、教育に潤沢な予算を付け、国民の力を底上げすべきであったし、研究開発を行う企業を助けるために、法人税を「引き上げるべき」であった。

 もう一度いう。法人税率は「引き上げ」ないと、法人の設備投資、人的投資は上がらない。アベノミクスによって過剰流動性が高い時期に法人税率を下げていたことが、企業内留保の積み上げという、国債以上に厄介な経済上の贅肉を作り上げてしまった。

 まあ、それはいい。

 日本社会はアベノミクス財政出動で稼いだ時間を無駄に使ってしまった。そうこうしている間にロシアがウクライナに攻め入り、中国、韓国の経済拡大に置いてきぼりを食ってしまった。更に中国・台湾がきな臭いという言説に誤魔化されて米国の軍産複合体にたかられているのが今の日本なんだろう。日本は国力を失い、国民の教育も劣化してしまっている。戦後築き上げてきた日本のプレゼンスは落ちるところまで落ちた。ここから人口動態がバランスする2050年頃までは、日本は暗い谷を歩くことになる。

 しかし、悲観視することはない。人類の新しいイノベーションは目前まで迫ってきているし、その世界では経済の正しい適応である「経世済民」が最優先に考慮され、戦争や資本による暴力的な収奪は無効化され、より適切で適正な再分配が図られるだろう。

 夜は夜明け前が最も暗いのである。

 皆様に、良い年が訪れますように。


名古屋城天守木造化事業「投了」

 「また一つ」*1詰んだ。

 名古屋市河村たかしの政策、いや、デマがまた一つ詰んだ。

 12月5日の名古屋市会・経済水道委員会で名古屋城天守木造化について議論が有った。その席上、名古屋市がいう「新たな昇降機技術」の公募結果について報告があった。

 名古屋市河村たかしは、名古屋城天守を木造化するに当たり、「史実に忠実な再現」を行うとして、エレベータの設置を拒否した。*2「木造天守にはエレベータは付けない」として、実験施設「ステップナゴヤ」を約1億円の費用をかけて新設、技術開発に8000万円、実機導入に2億円という巨費をつぎ込んでエレベータに代わる「新たな昇降機技術」を募集していた。今回公表された最優秀提案者は「MHIエアロスペースプロダクション」と言うらしく、MHI、言うまでもなく Mitsubishi Heavy Industries, Ltd. 三菱重工の関連会社だ。下関に同様の関連会社が有り、「MHI下関エンジニアリング」というそうだ、そこに次のような商品の紹介があった。

https://www.mhi.com/jp/group/mhise/media/876/download

シップフリーモ(SF)エレベータ1-2
シップフリーモ(SF)エレベータ2-2

「シップフリーモ(SF)エレベータ」

 「エレベータ」だ、そもそも「昇降機」とは「エレベータ」の和訳でしかなく、「エレベータを付けず、昇降機を付ける」などというのは、幼稚な言葉遊びでしか無い。名古屋市職員や中日新聞も、河村と付き合うと知能が幼稚化するようだ。

 この製品に文句はない、既存製品であれば信頼性も高いことだろう、しかし、既にある製品を選定するために、わざわざ実験施設だの必要だったのか?疑問が残る。

 委員会での市当局からの報告では、このエレベータを何階まで設置できるかは判らないとのことだった。ところが同時刻に開かれた名古屋市市長会見で河村は1,2階までしか設置できない。というような見解を示した。それも「これで妥協してやったんだから、これ以上文句を言うな」とでも言わんばかりの態度で(正確な表現は「1、2階まで(上がれれば)合理的配慮と十分言える」)。

 確か河村は「新たな昇降機技術」の公募開始の際に「障害のある人にも最上階からの眺めを堪能してもらう」というような事を言っていたと思うのだが。(名古屋城説明会における発言だったと思う)もはやそんな発言もどこへやら。


 日本弁護士連合会からの「要望書」では、最上階までの11人乗り(現行同等)のエレベータの設置を求めている。エレベータの設置を認めない事は「人権侵害である」と断じている。

www.nichibenren.or.jp

 日弁連からこのような要望書が提出されているにも関わらず、それを無視するような河村の発言に、愛知県の障がい者団体が抗議文を提出した。

mainichi.jp

 これに対して河村は「文書は読んだが(発言は)撤回するわけない」と明言。「(戦前の)国宝第一号だった建物を破壊する権利はない」と述べたと報じられている。

 「国宝第一号だった建物」は現存せず、存在しない建物を破壊はできない。 今回作られる木造レプリカは、「(戦前の)国宝第一号だった建物」ではない。あくまでレプリカであって、レプリカが「国宝」になった例はない。(金閣寺は再建されても「国宝」になどなっていない)

 更に言うなら、現存する鉄筋コンクリート天守は申請すれば「登録有形文化財」となる資格を有する文化財であり、それを破壊しようとしているものが、どの口でこれを言うのか。河村に「文化的価値の有る建物を破壊する権利はない」*3

 しかし、これで名古屋城天守木造化計画は明確に「詰んだ」。

 結局、この「新たな昇降機技術」の公募とは何のために行われたのかと言えば、文化庁の復元検討委員会に天守木造復元を認めてもらうための法的条件を整備するために行われたものに他ならない。

app.box.com

 名古屋市が平成27年(2015年)に策定した「名古屋城天守閣整備事業にかかる技術提案・交渉方式(設計交渉・施工タイプ)による公募型プロポーザル ・業務要求水準書」の第3章、第2節に「主な設計条件」が挙げられているが、これは名古屋市の要望することということではなく、特別史跡名古屋城跡に建てられている名古屋城天守の工事に必要な、文化庁文化審議会の現状変更許可を得るために必要な条件なのである。

 この中で「7.バリアフリー化、バリアフリーに配慮したものであること」と明記されている。

 文化庁はこれらの条件が満たされない限り、現状変更許可は出さない。つまり、名古屋城天守の木造化などできなくなったということだ。

 考えてみれば明白だ。名古屋市日弁連から、バリアフリーについて、現存する鉄筋コンクリート天守以下に後退することは「人権侵害」であると指摘されているのだ。文化庁がこのような計画に対して認定を行い現状変更許可を出せば、日弁連文化庁に対して意見書を送るなり、法的措置を取るだろう。そもそもエレベータの設置を河村が拒む理由は、客観的なものとは言い難い。恣意的な河村本人の好き嫌いでしか無い。そのような問題で文化庁日弁連と事を構えるわけがない。結局、今まで通り「受理せず」という結論以外に成りようがない。

 河村は本年度末の来年3月、文化庁に現状変更許可を得る書類を提出すると言っている。*4

 予言しよう、来年の3月に河村は東京の文化庁を訪れ、「何か」を提出するだろう。そして新聞は(今までの例を見れば特に中日新聞は)「名古屋市文化庁名古屋城天守木造化計画を提出」ぐらい書き立てる。この言葉は嘘ではない、文化庁の窓口には提出されて、置かれてはいるだろう。しかし、「受理」ではない。

 なぜこんな猿芝居が繰り返されるのか。気が付かない名古屋市民や中日新聞の記者はバカという以外にないだろう。市長選挙、来年の統一地方選挙。そうした選挙の直前に、河村は毎度毎度、あたかも名古屋城問題が進んでいるかのように見せ、さらに河村自身、メディアに露出し、選挙の事前運動をするため、イベントを作っているに過ぎない。

 つまり、名古屋城問題で河村が文化庁に出向くのは選挙目的でしか無い。

 そして選挙が終わり、人々の興味も失せたころに、文化庁から「不受理」の知らせが届き、話は振り出しに戻る。振り出し、上に書いたように事業者への要件定義を示したのが平成27年(2015年)、来年の4月にこうした三文芝居が繰り返されるのであれば、すでに8年間同じことを繰り返している。

 8年もの行政の遅延、虚偽を諾々と伝え続けた中日新聞は、将来、歴史家から厳しい指弾を覚悟すべきだろう。

 
 ここで話をもう一度整理してみよう。河村の希望とする「史実に忠実な再現」と「現代社会の求めるバリアフリーの条件」、この両立を探るために名古屋市は実験施設「ステップナゴヤ」を1億円で作り、技術開発に8000万円、実機導入に2億円という巨費を積んだ。しかし日弁連から「人権侵害」と指摘されるような対策しか提案できなかった。

 ということは、この両者は現実的に両立しないということであり、河村が幼稚にも繰り返す「史実に忠実な再現でなければ、作らなくて良い」という言葉通り、木造化天守など作らなくて良いし、そもそもできないということだ。

 実験施設「ステップナゴヤ」を1億円で作って判ったことは、「史実に忠実な再現」と「現代社会の求めるバリアフリーの条件」は両立しないという事実だ。


 日弁連の要望書を軽視してはならない。今日本全国で様々な公共施設が建て替え、建て直しをされている。そうした際に旧来の施設よりもバリアフリーの条件を軽視する傾向があると言われている。現に名古屋城のすぐ横で建設されている愛知県新体育館についても、そうした指摘がある。
news.yahoo.co.jp

 主には予算的な都合のようだが、現状で得られているバリアフリーの条件、障害を持つ人々のアクセスを後退させることは、今まで得られていた公共サービスの減退であり、そうした社会からの排除に他ならず、当事者には容れることなどできない。今、名古屋市で「史実に忠実な再現」などという極めて恣意的で文化的な理由によってこうした排除が正当化されてしまえば、全国の施設でも転用される可能性がある。

 文化庁がこのような「障害者排除」「人権侵害」の計画に許可を出したなら、どのようなことになるか容易に想像できる。河村は想像できないようだ、名古屋市職員は想像できるが黙っているのだろう、中日新聞の記者はその想像ができないのだろうか。


 文化庁文化審議会の審査を受けるためには、復元検討委員会に「基本計画」を提出する必要がある。

 12月5日の委員会にもこの基本計画進捗状況が報告されている。それによると第8章の「復元計画と利活用」については「取りまとめ中」とされている。

 ・・・・つまり「特別史跡名古屋城跡木造天守整備基本計画」は「取りまとめ中」なのである。令和4年12月に。


 名古屋市竹中工務店と平成29年5月9日に「名古屋城天守閣整備事業基本設計その他業務委託」の契約をしている。

app.box.com

 そして、平成30年3月30日に基本設計業務は完了したとして、代金約8億4千万円が、平成30年4月27日(支払期日)支払われている。

app.box.com

 この基本設計業務の細目を決めた「業務委託仕様書」の第23条では「建築基本設計は、以下の項目について行う。/(1)基本計画書」と明記されている。

第23条(建築基本設計)

app.box.com

 ところが、平成30年3月30日に竹中工務店から名古屋市に提出された「成果品目録」には「基本計画書」が記載されていない。

app.box.com

 これが、私達が戦っていた裁判の一つの骨子だ。「基本設計業務は完成しておらず、その代金支払いは違法だ」
 
 結局、判決としては名古屋市の主張が容れられた。施主としての名古屋市がそうと決めれば、契約事項は如何様にも変更可能ということだろう。しかし、名古屋市は管理責任を持っているが、その権能は無制限ではない、行政の大原則は「主権在民」であって、その市民に(代表としての議会に)示した契約事項が守られていなければ違法な取引でしか無い。

 私たちは戦略的に2審までで裁判を止めた。その理由は広言しない。

 これからも、河村のジタバタを高みの見物と決め込むつもりだ。


追記:
名古屋城木造化事業は「詰んだ」
中日新聞は一度、検証するべきだ。

 名古屋城天守の木造化については名古屋市は散々市民に説明会を行っているが、現在の鉄筋コンクリート天守の「破壊」については、その是非を市民に聞いていない。

 平成28年に行った「2万人アンケート」では、「現天守閣の耐震改修工事を行う」の項目に「概ね40年の寿命」と書き加えているが、この根拠はない。専門家からは否定されており、実際に「平成の大改修」を行った、大阪城天守閣*5では「40年の寿命」などとは考えられていない。つまり、明らかな嘘の記述によって形成された「民意」なのである。

 木造復元に賛同する民意など幻想である。

 そもそも木造天守は現在の鉄筋コンクリートと外観はほとんど同じである*6

 それよりも、木造というのは現在の鉄筋コンクリートよりも維持費、修繕費がかる。
 最近、SNS上に現在の「清洲櫓」の様子が投稿された。

清洲櫓 2022年12月5日

 瓦屋根に布団が引っかかっているように見えるが、雨漏り対策だそうだ。投稿者も「情けなく思ってしまう」と言っていたが、私も同様だ。今の名古屋城管理組合の状態を見ると、木造化された大天守でも同じような「雨漏り対策」がされるのではと思えてしまう。

 本当に、名古屋市民は、中日新聞はこんな事で良いと思っているのか。


追記:
www.city.nagoya.jp

令和5年度予算要求に対する財政局査定内容の公開

令和5年度予算要求に対する財政局査定内容に対する市民意見
財政局財政部財政課予算第一係御中

1.住所
(略)
2.氏名
(略)
3.ご意見をお寄せいただく事項名、局名及び番号
  事項名:
    名古屋城天守閣の整備
  局名:
    観光文化交流局
  番号:
    56追加
    (p.37)
4.ご意見の内容
名古屋城天守木造化再建について、
市長河村は「史実に忠実な再建」を掲げた。
しかし法的にバリアフリーを満足させなければ再建は行えない。

そこで、名古屋市は「史実に忠実な再現」と「現行法に叶うバリアフリー」の
2つの要望を満足させる新たな技術を公募するとして、
令和元年より階段体験館「ステップナゴヤ」を約1億円の費用をかけて新設、
新技術開発に8000万円、実機導入に2億円という予算も計上し
全世界に向けて(市長会見)技術の公募を行った。

それにも関わらず、昨年12月5日に公表された公募結果では、
現存する天守よりも上層階に来客を運搬できる昇降技術は実現できなかった。

このような状態では昨年10月24日に日弁連より要望を受けた要件は満たせず、
再建される木造天守建物は人権侵害となってしまう。

つまり、上記巨費を投じ、3年以上の歳月をかけて、
全世界に呼びかけたものの「史実に忠実な再現」と「現行法に叶うバリアフリー」の
条件を満たせる技術は、現存しないということが判明した。

そうであるならば、即刻名古屋城天守木造化再建について再考すべきで、
当該予算についても漫然と保管費用等を支払うのではなく、
売却を進めるなど、費用負担の軽減に務めるべきである。

復元事業の進捗情報 | 復元事業の進捗情報 | 名古屋城公式ウェブサイト
木造天守閣の昇降に関する付加設備の方針


*1:地域委員会、減税10%、議員報酬半減、国政進出、総理を狙う男(わら)、etc.etc.,

*2:防火施設等の施設を拒否している事も重要であるが、ここでは敢えて触れない。できれば気が付かないままでいて欲しい

*3:というか、あいちトリエンナーレの迷走でも明確なように、元画廊経営者であったはずの河村たかしには文化や芸術を語る知識も見識もない

*4:平成31年4月に、2022年12月までに目処がつかなければ全員切腹といった申請を、小狡く「年度末」まで引き伸ばしたわけだ

*5:鉄筋コンクリート製で耐震改修工事を行った

*6:正確に言うと、最上階の窓が小さくなり、展望機能は減少する

天皇または天皇制に対する様々な態度の整理

 私が某所で発表した内容を掲載する。後半の私の所論はともかく、この「分類」についてはそこそこ「使える」のではないかと思っている。

天皇または天皇制に対する様々な態度の整理*1

    分類       概要
1 天皇は世界統合の神である 「八紘一宇」の考え方。
統一教会の考え方の源流とも考えられる。
2 天皇は日本の中心 森喜朗による「日本は天皇中心の神の国である」発言の起点。戦前の「国体」思想のドグマであり、現在でも神社系統で唱えられている。
3 政教分離 天皇は政治から切り離し、御所も京都へ移し、日本古来の宗教的存在として独立するべきである。(右翼共和派など)
4 最古の日本固有の王家 天皇、及び天皇制は古来より存する日本固有の制度であり、最古の王家である。
5 天皇は日本国民の親 一部神道系に見られる教義であり、素朴な「国親思想」の変奏としてまま見られる態度。
皇室の構成
天皇家をあたかも自身の親族のように捉え、「皇室アルバム」などの番組を受容するような態度。
6 統合の象徴ポジティブ派 憲法第1条の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」をポジティブに受け止め、肯定的に捉える態度。
7 統合の象徴ネガティブ派 憲法に定められた1つの制度、機能でありその範囲で存在を容認する。「皇室維持費」に関しては効率化されるべきと考える態度。
8 憲法の不整合否定派 憲法の第1章に置かれた天皇規定は、続く第十三条における「個人の尊重」及び第十四条にいう「法の下の平等」と真っ向から矛盾しており、解消されるべきである。
9 天皇制人権侵害説 天皇、及び皇室に対する、参政権の剥奪、「氏」の喪失等々の一般国民に認められた当たり前の権利が認められていない在り方は当該家系に対する迫害であり、人権侵害である。天皇は政治から切り離し、御所も京都へ移し、日本古来の宗教的存在として独立するべきである。
※この結論は上記「3.政教分離派」と同じ結論になることに注意。
10 家元制度の根源としての天皇制否定 日本社会に蔓延る数々の世襲制度、家元制度の根源は、天皇制度にあるとし、それを否定する態度。
(故花柳幻舟など)
11 身分制度の源泉としての天皇制度の否定 差別解消の為の出自、身分の否定など、その対極としての天皇制を否定する態度。
上皇后及び、現皇后婚礼の際などに持て囃された「結婚前の身元調査」に対する人権侵害性の議論や、憲法24条1項に定められた「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」するとの原則に反するとして否定する態度。
12 昭和天皇戦争犯罪者説 第二次世界大戦開戦の責任者としての昭和天皇戦争犯罪を断罪する態度。
ウクライナ公開動画(現在は訂正されている)
最近ではウクライナ政府がヒトラームッソリーニ、と並べて昭和天皇ファシズムの象徴として掲載した。国際社会の理解の一端かもしれない。

現代日本における「天皇制度」議論の困難と、混乱、及び解放について。

 現代日本における政治的議論において、様々な困難がある。このような議論を突き詰めると、それが無矛盾に解決することは稀であり、必ず一端の矛盾を孕み、その”ほつれ”の糸がやがて大きな問題を招来させているようにみえる。

 現在も政権与党である自民党が、日本の国家主権を否定するような教義を掲げている「統一教会」との関連を指摘されていても、その宿痾から脱することができずに居る。「統一教会」の文鮮明が掲げた「統一原理」では、救世主の生まれ変わりである文鮮明の下に全世界の宗教や国家が「統一」され、すべてが家族として共存するというような主張がなされ、日本及び、日本国民もここに統合されるべきとされている。勿論、この教義は日本が朝鮮半島を占領統治した際に掲げた「八紘一宇*2」概念の変奏であることは容易に理解できるものであり、現代の日本社会は戦前の日本が振りまいた人工的な詭弁に自ら絡め取られているとも言える。また、戦前日本の末裔である自民党・清和会が、こうした概念を持つ「統一教会」と親和性が高い事実には整合性があるのだろう。

 一つの原理に統合されれば平和や幸福が得られるという、各種宗教(統一教会だけでなく、日蓮宗、及びその流れをくむ創価学会)や「汎ヨーロッパ主義」を唱えたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーにも繋がる一元主義的設計思想の限界*3を顕しても居る。

 政治的議論の一つの課題である憲法の在り方にしても、護憲を唱えれば、その第一章で定められた天皇制の維持に繋がり、続く第十三条における「個人の尊重」及び第十四条にいう「法の下の平等」などとの矛盾を肯定することに繋がりかねない。かといって改憲を許せば現代の日本では行き過ぎた改憲が進められ、先の大戦の反省から生まれた戦争放棄の大原則まで毀損されかねない。

 また、歴史認識の議論にしても、結局のところ先の大戦における戦争責任を軍部に押し付け、昭和天皇の責任を追求しなかった。こうした不徹底の一つの原因に、日本国民全体の戦争責任からの逃避を感じる。第二次世界大戦、及びその先駆としての中国大陸への侵攻に対して、日本社会は十分な議論を行っていない。他国に侵攻し、その国家を蹂躙し、文化や文明を破壊し、人々に危害を加えるという重大な問題に対して、日本社会は誰も責任を持った決定を行わず、付和雷同に事態を進行させた。そしてそれが抜き差しならぬ誤りであると明白になっても舵を切れずに居た。今般の「コロナ下のオリンピック開催」や「国葬問題」においても大戦中のインパール作戦との類似を指摘し「日本の官僚組織には、明らかな誤りと判っていてもブレーキをかける者が居ない」とする声も上がった。日本社会に蔓延るこの無責任な国民性。または議論を尽くそうとしない不徹底が数々の齟齬を生み、今後も社会を毀損し続けるのだろう。

 天皇が日本の中心であるとするならば、天皇が何であるか、しっかりとした議論がなされない限り、日本という国家自体、誰にもその正体を捉えることはできない。つまりは、日本国民は何に己を委ねているかわからないまま日々を過ごしていくことになるのだろう。

 私事をお話すると、私は単純な天皇否定論であった。戦争犯罪(表の12)とまでは思わなかったが、リバタリアンとして表の7のスタンスを取っていただろう。インターネット上で様々な政治的議論が行われる環境の中で「右翼共和派」(表の3)という人々と天皇制について議論する機会を得て、徐々に「天皇制人権侵害説」(表の9)に変わっていった。天皇や皇室を構成する人々に一般国民同様の自由と権利を保証し、平等原則を満足させつつ天皇制度の様々なしがらみを解消するには、政治性と宗教性の分離が必要であり、形としても宗教的存在として京都へ移られるという解決策は現実的なものだろうと思う。

 昭和天皇戦争犯罪者と認識する人々でも、その息子である明仁上皇*4にまでその責を負わせようという人は少ないはずだ。

 私は天皇天皇家、皇室自体には罪はないように思える、問題となるのはその周辺にぶら下がり、その権威を自らのものに使おうとする<さもしい>者たちの心性にあるとみなしている。「元皇族」などとしながら、オリンピック誘致に絡んで国際的な犯罪が疑われ、それまで無給、名誉職だったJOC会長の座に就くにあたって高給を求めた<さもしさ>、そしてほぼその血統だけを売りにして評論家じみた活動をしている<さもしい>息子*5

 「日本は天皇中心の神の国である」と語った当時の総理は「国民のみなさんにしっかり承知していただく」と続けた。これは統治者が国民に対して天皇という他者の権威をひけらかすことによって馴致しようとする態度であって、天皇の威を借る<さもしい>行為である。統治者、権力者は、自ら決定権を振り回すのであればその責任も引き受けるべきであろう。こうした森喜朗の言葉には、そうした責任感や覚悟が感じられない。

 更に、神道という人工的な疑似宗教によって、たつきを得ている神社本庁(信者数:962万人:文化長編 宗教年鑑 平成19年版)では、その権威を使い多額の財を得、その行き先を巡って様々な内紛*6、裁判沙汰*7が行われている。この内紛については、現在取り沙汰されているオリンピック開催に伴う神宮外苑の再開発問題にかかわる不動産取引に関するものであり、一説にはスポンサー選定にかかわる汚職よりも規模も大きなものとも言われている。とても「静謐で清麗」な有様とは言えそうもない。

 宮内庁はこうした神社本庁の有様を見て、距離を取っているそうだが、昭和天皇がご親拝を取りやめた靖国神社に続いて、神社本庁も自ら馬脚を現して自らの権威の源泉である皇室、天皇から見放されることになるようだ。

 神社について、私は国民生活に対する利益を一切見出すことができない。廃仏毀釈というタリバン顔負けの暴力的な宗教革命によってでっち上げられた国家神道、その流れを汲み、既得権を既得権のまま維持し、権威を振るい。「伝統」を歪曲し、本来の日本の在り方を圧殺している。私個人としては天皇制よりも先に、こうした天皇制権威に絡みつく「日本の宿痾」ともいうべき正体不明の人工物こそ駆逐されるべきと考える。

 そしてそうした周囲にたかる夾雑物を廃した後に現れる天皇、皇室こそ憲法の条文とともに国民による徹底した議論の対象とされ、自由と平等の原則の下、解放されるべきであろうと考えるものである。


*1:天皇を上に置くか下に置くかという態度を目安としたもので、その態度を持つ者が上である下であると言っているわけではない。また各項目名は私が便宜的につけたもの

*2:天皇総帝論「八紘を掩ひて宇にせむ(あめのしたをおおひていえにせむ)」(日本書紀)を、全世界を一つの家のようにすると解釈したもの。

*3:つまり、人間にはそれほど信頼を置くに足る「一元的な原理」など設計することは困難であり、社会設計においてはアドホックな改革、議論を進めながら漸進的な変化を続けていく以外にないだろうと推測される。

*4:戦後、皇太子明仁にエリザベス・ヴァイニング夫人が英語の家庭教師として付き、米国型民主主義について教育が為されたことは有名である。

*5:裁判で公的に「レイシスト」と認定されている。

*6:鷹司尚武統理が指名した次期総長を否定して、田中恆清総長がその座に居座っている。

*7:神社本庁の不動産売却を巡り、田中総長を含む上層部と業者の癒着を元幹部職員2人(元総合研究部長・稲貴夫氏ら)が内部告発。懲戒処分を受け地位確認を求め提訴、最高裁が2022年4月、神社本庁の上告を退けて、2人への処分無効と未払い賃金の支払いを命じた1、2審判決が確定した。

お願いとお知らせ

本日は日頃のこのブログとは異なる記事を書かせていただきます。

お願いとお知らせ
鑑賞の補助線

お願いとお知らせ

名古屋の大須に「七ツ寺共同スタジオ」という劇場がある。
この七ツ寺共同スタジオが今年で開設50周年を迎えた。それを記念して50年前にこけら落としで上演された「夢の肉弾三勇士」(作:流山児祥さん)を上演することになった。

spice.eplus.jp

11月18日から11月27日までの日程だったが、21日に出演者にコロナ感染者が出てしまい、途中で上演は止まってしまう。

残り日程を上演から上映に切り替えて、全日程は終了した。

映像配信も行われており、12月6日までなら配信で視聴可能となっている。

v2.kan-geki.com

ここでお願いがあります。
名古屋における演劇文化の火を消さないためにも、こうした小演劇に興味が無い方にも一度、配信を見てみてほしい。

そして、名古屋の文化を盛り上げたい。守りたいと思う方が居たら、1口とは言わず、2口、10口購入していただきたい。

10口買っても2万8千円。寿司屋に行ったつもりで、名古屋の文化のために購入を呼びかけたい。

なぜ私がこんな呼びかけをするのか。このブログの根底を流れるのは、共棲や包摂の理念です。弱者や少数者との共棲や包摂を失った社会は生きづらい。行政や政治においてもこうした視点を見失ってはならない。

こうした小演劇(劇の中でも「アジプロ演劇」*1という言葉が出てくる。)やパフォーマーは、社会における「鉱山のカナリア」で、そうした人々が居ない社会は生きづらく、多様性、可能性を欠く。私自身もそんな社会には住みたくない。なので、少しでも生き残りの可能性を高めたい。

といった塩梅で皆様にもご協力を呼びかけ、お願いする次第です。

ws.formzu.net

鑑賞の補助線





小演劇に慣れていない方には、こうしたお芝居に面食らうかもしれません。小演劇、現代演劇では舞台の上で、時間や空間は好き勝手に跳躍します。演じている役柄も突然入れ替わったりします。

そもそも登場人物は人間であるとも限りません。様々な概念などの象徴として描かれもします。題名となった「肉弾三勇士」とは、1932年の上海事変の際に、爆弾を抱えて自爆するという特攻を行い、中国国民党軍攻略の突破口を開いた戦史上の人たちで、それ以降第二次世界大戦に突入していく日本社会の中で、戦意高揚のために使われた象徴です。

これ以降の劇の解釈は、私の主観的解釈で、あなたが鑑賞されて違う解釈を引き出されても、どちらが正解とかは無いと、私は思います。(これも主観)
見るたびごとにも変わるし、見る人の文化的背景の相違によっても解釈は異なって良い。それが現代演劇だと思います。(なので、何回もご覧ください、何回もお買い上げください)

では「夢の肉弾三勇士」とはどのような演劇か、恥ずかしながら私なりの解釈をご披露してみようと思います。

まず何と言っても早いのは出演者をご覧頂くことでしょう。
上演の際に配られたパンフレットに、出演者の集合写真が載っていました。その横にキャスト紹介があったので、その両者を私が合成してみました。動画鑑賞の際にも、この画像が解釈の一助になるかもと思います。

(勝手に掲載していますが、こうした掲載に問題があればご指摘ください。)

キャスト

もう、この写真を見ても「ただ事ではない」予感が漂いますが、その予感は正解です。ただ事ではありません。そう思われた方は、ぜひ、配信の購入を!

v2.kan-geki.com

写真でも目を引くのは「片目のジャック(傷痍軍人):御陵正人(御陵一座)」かもしれません。

https://www.facebook.com/mssgichiza/
p-a-outsider.com


名古屋市内で大衆演劇を続けている御陵一座の座長で、小演劇とは異なるジャンルなのかもしれませんが、「名古屋の演劇のお祭り」ということで参加されているようです。というか、この異物感は凄まじく破壊的で良い!

オリジナルは流山児祥さんの戯曲。50年前に七ツ寺共同スタジオで上演された事はすでに述べました。つまり、50年前の昭和の社会で上演されていたものに、今日的な問題や社会のあり方を加え、脚本は鹿目由紀さん(劇団あおきりみかん)が担当されたそうです。

www7.plala.or.jp

その際に今回の公演企画のテーマ*2や女性にまつわる問題を大胆に加えていらっしゃるようです。

オリジナルは昭和の社会に生まれたものですから、「肉弾三勇士」と言われれば、上記のようなイメージは多くの方に受け入れられたものでしょうが、そうした歴史に触れていない方も多いでしょう。同様に関東大震災後のデマによる朝鮮人大量虐殺についても重要な出来事として描かれているのですが、こうした歴史を改竄、隠蔽しようとする人々*3も居て、令和の日本の社会では共通認識として成立しづらいかもしれません。

しかし内閣府の防災情報にも取り上げられているように、現実の事件であり、行政が対応すべき事柄でもあります。

www.bousai.go.jp

ヴァイツゼッカーが訴えたように、「過去に目を閉ざすものは、現在にも盲目となる」こうした歴史的事実が忘れさられている今こそ、同じ危機が繰り返されるのではないか、であればこそ、今想起する意味は重いと私は考えます。

劇中、こうした昭和の社会では使われていたけれど、令和の今ではあまり使われていないような言葉もありますが、大きくはこの2つでしょうか。(「上海帰りのリル」なんかもそうかな? 
https://www.youtube.com/results?search_query=%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E5%B8%B0%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%83%AA%E3%83%AB
とかご覧になっておくと、「予習」になるかもしれません)

私の解釈では、この物語は3つのテーマを同時展開しているようです。

アンジェリータ(鈴江あずさ)ーユマ(田口佳名子)ー少女(赤木萌絵)の女性3人(3代)による女性の物語。

もう一つはさすらいのテロリスト朝日平吾(イルギ)と

朝日平吾 - Wikipedia

それに魅了され、自身を朝日平吾と思い込むアサヒ(川瀬雄貴)

それともう一つはシムラ(久川徳明)が代表するもの(上の集合写真をご覧になれば、「シムラ」がなんの象徴かはご理解いただけると思います)についての周囲(社会)との議論。

アサヒが「いいね」で舞い上がっていく様や、コロナ禍、東日本大震災や東電原発事故も描かれています。え?8時間ぐらい上演するのかって?それを2時間で描ききるんですよ。それも七ツ寺の舞台で。

舞い上がるアサヒの姿は、現代のSNSでトチ狂う人々の姿を象徴しているのでしょう。最初はアサヒの言葉に反応していた周囲の「黒い人たち」ですが、終盤になると「黒い人たち」の言葉をアサヒがオウム返しするだけになる様などは、「虎ノ門ニュース」やら「月刊Hanada」「Dappi」などが振りまいたデマを拡散させる人々の姿ではないかと思いました。*4

 朝日平吾北一輝―二・二六青年将校への連なる「日本民衆史のテロルの系譜」の下部にたゆとうている、「肉弾三勇士」伝記がダメなアニキ達への「鼠小僧」や「ジョン・シルバー」の幻にならずに生き延び、民衆――観客の下方の闇を解き放つには、錯綜する僕・僕らの生の「ことば」を組織するしかない。 (流山児祥戯曲集其壱/夢の肉弾三勇士 昭和四十七年五月三日発行 あとがきより)

社会に向かって「黙るな、訴えていけ、叫んでいけ」と「組織」されたのが、オリジナルの「夢の肉弾三勇士」なんだろう。それに令和の今、脚本の鹿目さんや演出の渡部さんは「繋がること」を盛り込んだ。今回の公演、七ツ寺共同スタジオ設立50周年ということで、この50年を繋げてきた先人たちへの敬意と、それを繋げていく今日の私たちの責任と、それを継承していって欲しいこの先の50年、100年の演劇人、名古屋の演劇関係者に向かっての願いであるように感じました。

最後に少女(赤木萌絵)は歌います。
「海は広いな大きいな、手と手繋いで、日は登る」

繋いでいくことこそが、文化の継承。継承されるものこそが文化である。
そう私の胸には響きました。

七ツ寺共同スタジオ舞台写真

v2.kan-geki.com

12月6日まで!


*1:アジテーション(扇動)+プロパガンダ(宣伝)演劇。元々はソ連において革命思想を称揚する目的で作られた形式、言葉=プロレタリア演劇

*2:後述

*3:例えば東京都の小池都知事など

*4:どっかの市長のことは今日は特に触れません

名古屋の市政を歪めているのは誰か

名古屋市内で行われた韓国フェスティバルにおいて、名古屋市河村たかしがアイドルグループとバックステージで写真を撮った際に「卑猥なジェスチャー」を行った件について、私がすでにブログで指摘した通り、「国際問題」になりかけている。

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

韓国メディアが事態を報じ始めた。

中央日報

www.joongang.co.kr

https://archive.is/68qFF

(大意)
 日本で度々極右的妄言を繰り返した政治家が、韓国フェスティバルで韓服を着たガールズグループに写真を撮りながら、卑猥なポーズをとり議論となっている。
(略)
4人のガールズグループの真ん中に立った河村市長は、韓国と日本で卑猥とされている指ポーズをとっている。
(略)
4年前の2018年にも河村市長は韓国フェスティバルに参加し、他のアイドルグループと記念撮影を行ったが、その際にはちゃんと「指ハート」のポーズを取っている。
(略)
このため、河村市長の行動は、孫娘のようなガールズグループに性的な意味が込められた卑猥なポーズをとったと批判まで出ている。
(略)
河村市長は、日本で極右政治家と分類されている。
南京虐殺を否定する妄言を幾度も繰り返し、2020年にはドイツベルンに「平和の少女像」撤去を要求する書簡を送った。
昨年は東京オリンピックで金メダルを取った名古屋出身の女性選手を励ましている途中で、突然金メダルを噛んで唾液をつけ、批判を受けた。

東亜日報

www.donga.com

https://archive.is/hy2MB

(大意)
日本で極右と分類される河村たかし名古屋市長が韓国フェスティバルで貪欲な意味が込められた指ポーズをとって議論が起きている。
(略)
河村市長は4年前、韓国フェスティバルでしっかりとした指ハートを作っており、ミスではなく故意ではないかと疑う人もいる。
(略)
河村市長は、日本で極右政治家と分類されている。
南京虐殺を否定する妄言を幾度も繰り返し、2020年にはドイツベルンに「平和の少女像」撤去を要求する書簡を送った。
昨年は東京オリンピックで金メダルを取った名古屋出身の女性選手を励ましている途中で、突然金メダルを噛んで唾液をつけ、批判を受けた。

朝鮮日報

www.chosun.com

https://archive.is/piSJr

(大意)
昨年東京オリンピック金メダリストのメダルを噛んで批判を受けた河村たかし名古屋市長が、今度は卑猥なポーズをとって批判されている。
(略)
河村市長は右翼に分類される政治家だ。2020年にはドイツベルンに「平和の少女像」撤去を要求する書簡を送り、2019年には名古屋で行われた「あいちトリエンナーレ」において平和の少女像などを展示した「表現の不自由展」に対し展示の中止を求めた。
(略)

 このような人物が、「総理を狙う男」となれるわけがない。というよりも、すでに南京発言の際、河村たかしは政府見解から大きく逸脱した見解を述べており。内閣(行政)に入れないことを示している。

 南京事件に対する日本政府の見解は逸脱行為について明確に認め、サンフランシスコ講和条約においては、裁判によって確定している「30万人」という被害者数についても認めている。

www.mofa.go.jp

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

 河村たかしの発言は「南京事件は無かった」とする完全否定論(幻派と言われるもの)であり、逸脱行為に付いても否定している。これは当該各条例にも反しており、歴代の政府見解とも異なるものであって、「一個人」「一政治家」としての発言であれば、「表現の自由」と言っても結構だが、「名古屋市長」という行政の執行者。政治的中立を保ち、法と事実に則って業務を行うものとしては、甚だ不適切な発言である。

 こうした主張をしたいのであれば、行政から離れ、市長を辞し、一個人、一政治家として主張すれば良い。名古屋市長でありながら、こうした発言を繰り返すことは無責任であり、ずるい態度だ。もう一度いう、政府見解を逸脱する主張をするのであれば、一個人として行え。


 日本の恥、名古屋の恥 河村たかし

 いったい名古屋はこんな人物をいつまで市長として置かなければならないのか。

 名古屋市民はこんな人物を市長として選んでいて良いのか。

 まったく恥ずかしく、情けない。

 名古屋市内だけ無能市長、河村たかしに対する受け止め方が異なる。

 名古屋の人間は閉鎖的で特殊であると言われるが、そうした風土を作っているのは「中日新聞」であると推測する。今回の河村たかしに対する報道においても、こうした中日新聞の特殊性が顕になっている。

 「河村流減税政策」(行政の歳出を削減し、当該地域の地方税を減免する)を行っている地域は、名古屋以外にない。冷静に考えれば「河村流減税政策」には経済効果などなく、税をドブに捨てているに等しい事が明白だからだ。日本国内で「河村流減税政策」を地域経済や地方行政、財政の研究テーマにした論文など無い。なぜなら余りにナンセンスだからだ。

 それでもなぜ、名古屋市において「河村流減税政策」が実施されているか。

 中日新聞誤報(それも堂々1面で!)を飛ばして、名古屋市民がその「嘘」を真に受けているからだ。

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

 中日新聞は2014年11月12日に「(減税5%の効果は)市内総生産年1128億円増」とぶち上げた。

 これは、毎年の市内総生産増の金額を累計してしまったもので、「1128億円」という金額については、名古屋市の職員も「累積しても意味がない数字になる」と記者に警告したそうだ。

 2017年には再度シミュレーションが行われ、「減税しない方が経済効果増」と、今度は市民版で報じる事となる。

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

 しかし、2011年に神野直彦教授、竹中平蔵教授(ともに当時)のインタビューを掲載し、あたかも「河村流減税政策」が経済学的にも議論の対象となるように見せかけて、その実まともな議論など行われていない。(神野直彦教授は触れてもいない)

 中日新聞の世論誘導が、「河村流減税政策」を維持させ、1300億円になんなんとする名古屋市民の血税がドブに捨てられた。

 名古屋城天守木造化についても同様だ。

 名古屋市名古屋城天守木造化については説明を繰り返す。中日新聞もそれを繰り返し報じる。しかし、すでに再建後60年を経過し、「有形文化財」としての価値を持つ、現存の鉄筋天守について、その破壊にはついては何の議論も行われていない。

 戦災で消失し、再建の費用6億円の内、約1/3を市民からの寄付で賄った、文字通り名古屋市民が建てた名古屋の誇り、日本の宝である戦後復興期のシンボル名古屋城を、何の議論もなく破壊し捨て去る。こんな文化破壊はなく、歴史に対する冒涜、先人の想いを踏みにじる行為はない。

 こんな行為を扇動する河村たかしには異常性しか感じないが、それを見て見ぬふりする中日新聞にも文化的共犯であると断じざるを得ない。

 ここで本当に現在の名古屋城天守を壊してしまったら。

 10年後、100年後の人々から、名古屋市民は笑いものになり、中日新聞の評価も地に落ちると断言する。

 本当に、こうした減税政策、名古屋城河村たかしの問題を扱っていると、私は「自分がおかしいのではないのか」と不安に襲われることがある。しかし沈思黙考して考えてみても、やはりおかしいのは河村たかしであり、中日新聞だ。

 減税政策については、他地域がまったく真似をしない。経済学や行政学で議論にもならない。名古屋城の問題は「やっている感」だけで何も進んでいないし、そもそも建て替えに価値があると思えない。そして河村たかしについてはやることなすことメチャクチャであって、その度毎に私の不安は払拭され、自説の正しさが実証されている。

 本当の「無知」とは自分が無知であることを知らぬことだ。
 私は「無知ではないのか」と常に不安に怯え、自説を確認しようとしている。

 それに引き換え、河村たかし中日新聞は自信満々、自身は無謬であると主張されているようだ。その自信は自身の「無知」を知らぬところから来ている。自身の「無知」を知らぬ間は、その人物は万能であり、総てを知っている事になる。


 今回の河村の「卑猥ポーズ」問題、最初に報じたのは週刊誌やそのウェッブサイトであった、名古屋市の市政記者クラブ所属メディアなどは静観の構えだった。

 週が開けて、21日の名古屋市市長会見で、職員が用意したと思しき「謝罪文」をまさにイヤイヤ読み上げて、本人が事実関係を認めて、各メディアが報じ始めた。*1

 この謝罪文の読み上げも、最後に「ということでございます」とつけるなど、他人事の報告のようで、河村たかし自身は何も、誰にも謝罪などしていない。

 一番早く報じたのは共同電だったようだ。

 それを受けて「東京新聞」は11月21日 12時37分には「河村市長、ハンドサインで謝罪」と記事を掲載している。

www.tokyo-np.co.jp

https://archive.is/khfxV

 中日新聞のサイトに同記事は掲載されていない。

検索結果:中日新聞Web

 中日新聞がこの話題を掲載したのは22日午前5時5分。

www.chunichi.co.jp

 なぜこれほどの遅延が発生するのか。

 また記事の内容も通り一遍のもので。

 市長会見で河村はイヤイヤ役人が作った謝罪文を読み上げただけで、謝罪する気など毛頭なかったように。中日新聞はその言い訳を転載して、言い訳を拡声しているだけで追求する気など毛頭ない。


 この文章を書くために色々確認、調べていてこういった事例も思い出した。

 昨年1月29日に知事リコール署名偽造が「刑事告発」されると言う話題だ。東京新聞は共同電を使って記事を掲載したが、中日は記事を掲載していない。「中日新聞は嘘は書かないが、本当の事も書かない」なぜ名古屋市内で起きた問題で、東京新聞は掲載するにも関わらず(明らかにニュースバリューがあるにも関わらず)地元の中日新聞は記事にしないのか。明らかに意図を持った世論誘導ではないのか。それが社会正義や、地域の利益に叶うというのであれば理解できる。(自分で考えた結果といえる)しかし、自己保身や権力者(市長)に阿った情報統制であれば、そんなものはジャーナリズムとはいえない。

 名古屋市に異常な、河村たかしという煽動家が居り、そのものが市長となり、異常な行動を繰り返す。

 その原因は名古屋市民が当該煽動に騙されているからであり、なぜそんな煽動が有効になっているのか。

 それは地元紙である中日新聞が、異常に閉鎖的で歪んだ報道を繰り返しているからである。

 減税政策における名古屋市の富の消失、名古屋城問題という文化破壊、あいちトリエンナーレの騒動やそれに続く知事リコール問題、偽造署名、金メダル事件。さらに地域委員会の破綻や名古屋市における議会報告会、タウンミーティングの実施拒否。B6機関車の放置問題(今年は鉄道150周年として各地でイベントが行われている、名古屋においてもスター選手となるべきB6機関車が、河村の無計画、思いつき政策のせいで名古屋に居ない)

 書ききれない、またこうして一々具体例を挙げれば河村や減税日本に気付かせることになるために敢えて書かない。そんな失政が繰り返される。

 河村や茶坊主減税日本を批判したところで何も変わらない。変わらなくて結構、そのまま気づかずにいればいい。しかし、中日新聞ぐらいいい加減に反省し、気づくべきではないのか?君たちの書く記事は、歴史の第一稿と言われる。誤報や歪んだ記事を歴史に残して恥ずかしくないのか。


ichi-nagoyajin.hatenablog.com

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

名古屋市減税日本ゴヤ政務活動費に係る不当利得返還請求事件」事件番号「令和4年(行ウ)第36号」

次回公判は11月24日(木曜日)午後1時30分
名古屋地裁11階、1102法廷

どなたでも傍聴できます。


*1:これも褒められた話ではない。何が良くて何が悪いかぐらい記者は自分の頭で考えられないのだろうか。左右を見回して突出したくない。保身なのではないのか。

「政務活動費不当利得返還請求事件」における減税日本ナゴヤの二枚舌

前回エントリーの続きです。
ichi-nagoyajin.hatenablog.com


河村たかし名古屋市長が設立した地域政党減税日本」。その名古屋市会における会派である「減税日本ゴヤ」で団長なども務めた浅井康正市議(現在も団長)が令和2年8月に配布したとする広報紙について疑義がある。

・配布については株式会社ポトスに再委託したとされているが、その株式会社ポトスに対する再委託の証明ができていない。

 名古屋市監査委員に提出し、名古屋市監査委員は「領収書」と認定した証拠が、「領収書」としての要件を満たしていない。つまり、株式会社ポトスに対して代金の支払いが行われた証が立っていない。また、名古屋市監査委員は領収書ではないものを領収書と誤認した監査結果を出している。更にその「領収書」もどきを監査請求者に対して隠蔽していた。

 減税日本ゴヤ・浅井康正市議が株式会社ポトスが配布・ポスティングを行った証として提出した「部数表」については、原告である私が同様のチラシ配布を企画した際に見積もりと同時に提出を受けており、「部数表」は見積もり段階で入手可能である事が判る。つまり「部数表」を持っているからといって配布が行われたとする証にはならない。

 減税日本ゴヤ・浅井康正市議が提出した「部数表」には「入金日」「入金確認」という項目があるが空欄となっており、支払いが行われた形跡がない。

・同広報紙は水野プランニングにおいて印刷されたと主張しているが。

 水野プランニングには印刷設備は無い。

 印刷するとした原価である、用紙代、インク代、版下作成費、デザイン代金等が示されておらず、印刷を行ったという証しは立っていない。


 法律上、条例上は広報紙の政務活動費支出については、「領収書」を提示するだけで支払いを受け取れる。しかし「領収書が真正であるかどうか。字面が正しいだけだというなら、そんなものは審査になりませんので、その領収書が、本当にその人がそのお金を受け取ったのかとかということについては、議長がやるなら議長、議長が嫌だったら市長がやるなりして、これは名古屋市民の本当の血税ですので、誰かがその使い道の正しさを、領収書の真正をやっぱり調査しないといけないと思います」(被告名古屋市長 河村たかし 平成23年7月11日名古屋市長定例記者会見における発言、甲第22号証)

https://www.city.nagoya.jp/mayor/page/0000026298.htmlwww.city.nagoya.jp

webcache.googleusercontent.com

https://archive.is/MFvFC


 と、河村市長が言うように、古くからの河村たかしの支援者でありお仲間でもある水野昇氏(水野プランニング)の領収書だけでは「領収書が真正であるかどうか。字面が正しいだけだというなら、そんなものは審査になりません」

 水野昇氏が古くから減税日本ゴヤの政務活動費を受領している例についてはこちらを。

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

 利害関係のない第三者の配布証明(配布・ポスティングで人員を雇う場合には、その日当の支払いに、配布者名を記載した日当受け取り/領収書が取られているはず)や、印刷に関しては広報紙の用紙を買い付けた領収書、注文書、受領書、配達記録など印刷を明かす証拠書類が残っているはずなのだ。(法人税法によって7年間の保管義務がある)

 そうした証しが立てられなければ「これは名古屋市民の本当の血税ですので、誰かがその使い道の正しさを、領収書の真正を」立証しない限り、支払われるべきではない。

 減税日本河村たかしは上記の発言を市長公式記者会見の上で市民、有権者に対して発言しているのであるから、自党の会派が行った政務活動費の支払いについて、説明不可能であるならお金を返すべきであるし、そうした責任を果たさないのであれば上記の発言は市民、有権者を騙し、愚弄した発言であると断じられても仕方がない。

 当ブログは減税日本河村たかし、及び減税日本ゴヤ所属の市会議員が如何に口先ばかりで市民を騙し、愚弄しているか数々の実証を行ってきた。嘘の上に嘘と嘘を重ねているのが減税日本河村たかし、及び減税日本ゴヤであるが、この事例もまた同様である。

 現在行われている裁判において、以降何らかの証拠が提出されたり、司法において「市長」であるとか「市会議員」というネームバリューを重く見て、一市民である私の提出した証拠や主張が容れられない可能性はある。名古屋城裁判でも同様で、あれは結局市民の提示した事実よりも、名古屋市の言っている事(根拠無し、部分的に矛盾していても)の方を司法は信じるという司法の硬直性を表す結果となっていた。

 そうした意味では私は司法には過剰な期待はしない。

 しかし、現在の状況で、減税日本ゴヤ、浅井康正、水野プランニング、水野昇は、名東区で当該広報紙を配布したという実証ができていない。

甲第23号証_浅井康正選挙公報-01
甲第23号証_浅井康正選挙公報-02

 これは浅井康正市議の2011年、2015年、2019年の市議選における公報である。それぞれ「税金のムダづかい排除」「政務活動費の全面公開 黒塗り部分も公開します。」「政務活動費の全面公開」と公約に掲げている。

しかし私が要求した情報公開に対しては、

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/i/ichi-nagoyajin/20211207/20211207161218.jpg

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/i/ichi-nagoyajin/20211207/20211207161244.jpg

などとゼロ回答を行っている。

 上記私の公開質問には「印刷」に関しても触れているが、回答については触れても居ない。これは選挙の際の公報に掲げた「政務活動費の全面公開」との公約を反故にする行動ではないか。

 つまり、浅井康正は市民に対して嘘を言っている。(私は市民に嘘をいう公職者に対して、敬称を付ける気はしない)


 呆れかえるのはこれだけではない。今回の訴訟において補助参加人「減税日本ゴヤ」は、その準備書面(1)で「仮に手数料が発生していたとしても、本条例上許容されている」であるとか「『政務活動費という公金の支出であるならば、より廉価な業者に発注すべきである』というのは原告が思料する事柄にとどまるものであって、何ら法的根拠はない」などと言っている。

 つまり、自分たちが使う政務活動費について、より廉価に実施できるとしても、法的根拠がないのであるからそんな努力は必要ない。と言っているに等しい。

 これが減税日本河村たかし減税日本ゴヤの日頃の発言と矛盾している事は明かだ。

甲第21号証_減税日本党綱領

 減税日本の党綱領、基本理念の1番に「行政の無駄を不断に見直し、徹底した行財政改革により税を国民に還元する」と主張している。「行政の無駄を不断に見直し、徹底した行財政改革」を行うと言っているのは「原告が思料する事柄」なんだろうか、被告名古屋市河村たかしの掲げる党綱領の主張するところなのではないだろうか。

 被告名古屋市河村たかし、及び補助参加人減税日本ゴヤは、有権者、市民に対して党綱領で「行政の無駄を不断に見直し、徹底した行財政改革」を行うと主張しつつ、いざ自分たちの支払う政務活動費については、「手数料が発生していたとしても、本条例上許容されている」とか「法的根拠はない」などと冗費を肯定するのだ。これを二枚舌と言わずに何と言うのだろうか。

 政党にとって自ら掲げた「党綱領」は法や条例よりも重い筈だ。何となればそれは有権者との約束だからだ。

 河村たかし減税日本減税日本ゴヤ有権者との約束を守ろうという意志など無い事がここからも判る。

 浅井康正が広報紙の配布を株式会社ポトスに依頼したいのであれば、水野プランニングや水野昇に中間に立ってもらう必要もないし、配布代金の計上に水野プランニングにわざわざ領収書を書いてもらう必要もない。株式会社ポトスが発行した領収書の名宛人を水野プランニング名義にするのではなく、浅井康正の名義にすればよかった。現状で水野プランニングは一切の中間マージンを取っていないとのことだが、水野昇氏は1円にもならないことに、わざわざ領収書を発行し、収入印紙まで付けて浅井康正に渡していることになる。そんな手間をかけさせるなら浅井なり水野が株式会社ポトスの社員に一言「宛先を浅井にして浅井宛に領収書を送ってくれ」と言えば済む話だ。水野昇氏が領収書を発行する合理的説明はついていない。

 また、印刷についてもそうだ。水野プランニングには印刷機器は無い。再委託したのであれば、配布を株式会社ポトスに再委託したのと同様、委託先に金を支払い、領収書を浅井康正名義で発行してもらえば済む。水野プランニングにおいて印刷を行ったとする主張には信憑性が無い。

 なぜここまで疑わしいのか。この広報紙を配布したとする令和2年8月。2020年8月といえば、あいちトリエンナーレ騒動に端を発した「大村知事リコール運動」が行われていた時期である。そして水野昇氏は、このリコール運動の主体であった「お辞め下さい大村秀章愛知県知事愛知100万人リコールの会」設立時の「主たる事務所の所在地」を自宅としていたほど、この運動に深く関与していたのである。

愛知県公報令和2年8月4日 第126号(抜粋)

http://www5.pref.aichi.jp/kofu/126.pdf

水野プランニング所在地:

 リコール運動で忙しい筈の水野昇氏が、手数料も取らずに、なぜ浅井康正の広報紙について印刷や配布の手続きを肩代わりし、収入印紙まで買って領収書を発行しなければならないのか?合理的説明がなければ全く理解できない。浅井康正市議は市議でありながら広報紙の印刷の手配や配布の手続き一つできないという事なのだろうか?それでも各支払いについてわざわざ水野昇氏に水野プランニングの領収書をわざわざ発行させている理由はなんだろうか。

 ある人に言わせると「高須克弥が河村のデマに乗せられて、まんまと大村知事リコール運動を始めた。河村は自分の市長選挙の為に活動家の掘り起こしと、支援者の名簿を充実させたかったし、捕まった田中孝博や各地の地方議会の政治家も売名や支援者掘り起こしを期待していた。知事を本気でリコールできると思っていたのは素人でちょっとアレな高須ぐらいなもんだ。他人より先にこの運動に関わっていた水野昇は政治団体を届け出て、その時自分の自宅を所在地にしているぐらいこの運動の事務局長をしたかった。その後田中が入り込んで事務局長の座を追われたから、偽造署名騒動の際に署名簿を持ち出して河村や高須に『御注進』に及んだのも、これをきっかけに田中を事務局長から引き釣り下ろして、自分がその後釜に付きたかったんだろう。ところが河村も高須もそんな事は端から承知していて、わざわざ署名簿をガメって騒ぎを大きくした水野を恨んだんだろう。それで裁判まで起こしている。
 水野がリコール運動の事務局長に座りたかったのは、高須マネーが目当てだ。一般の選挙では街宣車は1台しか使えないが、リコール運動では街宣車を何台仕立てたっていい。水野は100台街宣車を仕立てて、毎日愛知県中を走り回らせると提案していたようだ。100台の街宣車、このマージンだけでも大きいが運転する人件費、燃料代金のキックバックも2か月ともなれば大きな金額になる。しかしこの100台街宣車案は田中事務局長と高須に否定されてしまう。水野にしてみれば一所懸命下ごしらえをした知事リコール運動から1円も売上を立てることができない。ってんで河村に泣きついた。ところが河村からは色よい返事を貰えなかった。河村はこういところはケチで冷たいからね。なのでかねがね親しくしていた浅井に泣きついて、政務活動費からリコール運動の8,9月の活動費として約100万円、一月50万円換算で支払いを作ったんじゃないの?
 総額が印刷と配布で1,132,065円。当時本当に別の区で配布していたA3版だけでは100万円に届かなかったから、中川区の中川あつしが勝手に展開していたA4版も加えて、100万円に、浅井のキックバック取り分、15%の約15万円乗せたって考えると、ちょうど帳尻が合う。中川がA4版の裏面に自分の事ばかり書いていたから、表面は提出できても裏面は提出できなかった。わざわざ白紙にした。広報紙の裏側白紙にして配布する政治家がどこに居るよ。聞いたこともない。それで仕事が雑な水野昇が、書かなくてもいい「両面印刷」なんて領収書に書くからこんな事になる。多分A3版の領収書をそのまま使いまわしたんだろうね。現物の裏面が問題になるなんて思いもしなかっただろうしね。実際に監査委員の鼻から脳みそが垂れていそうな連中は見逃しているんだし。
 そんなところが真相じゃないの?」だそうです。某人物の個人の見解です。

名古屋市減税日本ゴヤ政務活動費に係る不当利得返還請求事件」事件番号「令和4年(行ウ)第36号」

次回公判は11月24日(木曜日)午後1時30分
名古屋地裁11階、1102法廷

次回公判は 2月2日(木曜日) 午後1時30分
名古屋地裁1102法廷でございます。

どなたでも傍聴できます。