今年の2月に名古屋市は名古屋城天守木造化事業に関する市民説明会を2年8か月ぶりに開いたわけだが、その内容は酷いものだった。市民の疑問に応えるようなものではなく、名古屋市当局のスケジュールの都合で行われた説明会といってよく、それは差別発言の検証報告で批判された「スケジュールありき」の在り方そのものであり、名古屋市はその批判された在り方を繰り返している。
私は木造化事業には、バリアフリー以外に3つの大きなハードルが横たわっていると思っており、その3つのハードルについては、この説明会では全く説明がなされていなかった。前回のブログ
を見ていただければ分かるように、簡単な質問にさえまともに応えていない。「できていない」なら「できていない」と言えばいいし「判らない」なら「判らない」と認めればいい。
笑ってしまうのは、事前質問の1-15「避難計画についても、情報開示を求められれば市民に事実を示すべきではないのか」に対する回答だ。
「防災・避難計画については、(略)事業者の技術上のノウハウに関する情報を含むことから一部非公開としていますが」と回答している。

一部非公開?
http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/200318-2.pdf

この黒塗りが「一部非公開」と言えるのだろうか。
名古屋城天守木造化事業を行うにあたり名古屋市が竹中工務店と結んだ「名古屋市観光文化交流局名古屋城総合事務所業務委託契約約款」というものがある。
https://app.box.com/s/ff3ykt80mtkbmfcvoo27khekujr296id/file/775761926730
この第5条の2には「発注者(名古屋市)は、成果品が著作物に該当するとしないとにかかわらず、当該成果品の内容を受注者(竹中工務店)の承諾なく自由に公表することができ」とされている。
ましてやすでに名古屋市の著作物としてクレジットされ、避難経路という来場者にとって知らされて当然の情報について、何を隠す必要があるのだろうか?隠しているのは避難路が一つしかなく、それに代替する対応などしていないという名古屋市の怠慢なのではないのか?
名古屋市は「二方向避難路の不在」について問い合わせがくると、「防災対策というのはハード、ソフトを総合して成立させるものです」などと説明しているようだ。つまり、法に定められ、安全対策として当然必要な二方向避難路が確保できなくても、他のハード要件、またはソフト要件を代替措置として来場者の安全ははかられていると言いたいのだろう。
こんな文書がある。
「歴史的建築物の活用に向けた条例整備ガイドライン 平成30年3月 国土交通省住宅局建築指導課」
https://www.mlit.go.jp/common/001244018.pdf
この文書は歴史的建築物に対する適用除外を受けようとして条例制定を行う際の事例などを国土交通省が示したもので、文書自体は3条3項(名古屋城木造天守の場合は4項)を想定しているものなのでズバリとは言えないかもしれないが、様々な事例が示されている。
「6.代替措置等について」では「歴史的建築物の保存及び活用を踏まえつつ、ハード対策に限らず、ソフト対策も含め、個々の建築物に適した方法で代替措置を講じることとなる」と書かれている。まさに名古屋市の説明と軌を一にしている。
ということで「(3)先行事例から見た代替措置の内容」の「②防火・避難規定に関連する代替措置」を見ると「ハード対策では対象建築物の用途や規模に応じた措置が講じられている。また、ソフト対策の場合は、適切に維持管理が行われることを担保するための措置が条例や保存活用計画において求められている」と解説されている。
ハードというのは対象建築物の物理的側面での代替措置。ソフトというのは仕組みやルールなど非物理的な代替措置であることがわかる。
そして「 ●防火・避難規定に関連する代替措置の例」として具体的な事例が示される。

ハード対策:消火器やスプリンクラーなどの消防用設備等の設置、非常用の照明装置の設置や二方向避難の確保など。
ソフト対策:火気使用箇所の限定、警備員等を配置した避難誘導、立入制限 など。
はい、出てきました「二方向避難の確保」
しかし、ここで注目していただきたいのは、ハード対策としての代替措置として、「二方向避難の確保」が例示されているのであって、「二方向避難路」の確保ができないことの代替措置として何かが行われているなどとする例は文書全体を読んでみても見つからない。
不燃性の建材を使うとか、排煙や発生ガスの抑制などというハード条件を変更できない代替措置として、早く燃えてしまったり、煙が大量に出たとしても避難路が多重化され、迅速に退避ができれば安全は確保できますという事だ。
ほかでもない名古屋城の本丸御殿でも、発災時には「襖をぶち破って逃げればそのまま外に出られる」と言われているそうだ。平屋であれば言えることで、多層構造の建築物ではこうは言えない。
「ハード、ソフトの代替措置」に「二方向避難路」はあるが、
「二方向避難路」の代替措置はない。
二方向避難路を代替する「ハード、ソフトの代替措置」とは具体的に何か?名古屋市にはちゃんと示す義務があるだろう。
火災というものは、誰も起こそうとは思わない。
火災に遭った建築物はすべて火災予防に気を配っていた。延焼を遅らせても、排煙を心がけても避難路の多重化は代替できない!
人命にかかわる話で詭弁を弄するな。
その場しのぎの説明が、最終的に人の命を奪うことを知るべきだ。
これが3つのハードルのうちの一つ「二方向避難路の不在」だ。
二つ目のハードルは「収支計画」だ。
そもそも名古屋市は「名古屋城天守木造化は独立採算で行い、市民に負担をかけない」と説明してきた。それどころか「儲かる施設」と煽動してきた。
こういった言葉を真に受ける人々を利用してきたと言ってよい。
現在の事業費は505億円とされているが、木造建築物として当然必要な維持管理費が過小評価されている。比較対象となる姫路城では、約50年ごとに30億円規模の大改修が必要だ。木造化名古屋城の床面積は姫路城の2.5倍と言われているにもかかわらず、名古屋市の収支計画に計上されている維持管理費はわずか30億円でしかない。
名古屋市が公表している「資料紹介 名古屋城天守宝暦大修理関係史料と『仕様之大法』」との文章によれば、慶長17年(1612)の完成から元文5年(1740)までの128年間に13回の改修が記録されている。
https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/center/uploads/026651afe7f399b285294d0453d1ea54_1.pdf
さらに宝暦二年(1752)から五年(1755)にかけては有名な「宝暦の大修理」が行われている。
平成30年の505億円という枠に収まるのだろうか。
そしてこのシミュレーションでもっとも非現実的なのは、50年以上にわたり320万人以上が来場するという想定だ。このシミュレーションの来場者推移を予測する根拠とされた「国立社会保障人口問題研究所の全国の将来人口推計」は2065年までの推計値しか示していない。このシミュレーションにおける以降の来場者推計には人口推計の根拠は無いという事になる。
そして昨年11月22日に広沢一郎名古屋市長は読売新聞のインタビューに答えて「もう一回見積もり直さないといけない」と発言している。
505億円のフレームを超えるのであれば市民や議会に民意を問わなければならないだろう。
事業費が拡大して「入場料収入の値上げで賄う」などと言ってみても、それで収支がバランスする保証があるのだろうか。
日本社会はインフレが昂進している。各地の戦争や円安の結果様々なモノの値段が上がっている。さきほど日銀が政策金利を上げるとの報道もあった。記憶に新しいのは名鉄が名古屋駅における開発計画を停止したことだ。ビルを一個壊し、デパートの営業を止めているにも拘らず開発計画を見合わせるのはすごい決断だろう。
経済が過熱している(インフレ基調)時には地方自治体は開発計画を断念して、市中経済の過熱を収めなければならないだろう。ましてやリチャード・クー氏も言っているように「将来の国民の負担にならない公共事業プロジェクトを見つけ出す」べきで、維持費の高い、またはランニングコストのかかる、公共事業は行うべきではない。
なぜ、維持管理費の安価な鉄骨鉄筋コンクリートの建物を、毎年毎年維持管理費のかかる木造建築に替えるのか。民間企業の経営者なら絶対にやらない事だろう。(河村前市長は民間企業の経営を碌にやったことは無い。河村商事も、河村画廊も)
つまり、収支計画を見直せば、計画は破綻、とん挫することは目に見えている。ここにアジア大会の費用と木曽川導水路の事業費がのしかかってくる(木曽川導水路事業の費用が拡大したのも河村前市長の判断の遅れが原因だ)。冗費にかかずらわっている場合ではない。
名古屋城天守木造化事業は早晩破綻する。その責任はいつにかかって河村たかし前市長にある。にもかかわらず、あたかもバリアフリー問題によって名古屋城天守木造化がとん挫したかのように喧伝するとすれば、それは虚偽であり、バリアフリーを求めた人たちに責任を負わせる卑劣な世論誘導と言わなければならない。
バリアフリーの未成立を理由として文化庁が事業の基本計画書の受け取りを拒否すれば、河村氏は「文化庁は貴重な名古屋城本物復元の価値がわかっていない」などと騒ぎ立てるつもりなんだろう。これは事情を知らないものを煽動するデマだ。
そして独立採算の財政フレームが破綻すれば「なぜ愛知県や国は、名古屋城の本物復元の価値を認めて予算を付けないのか」と騒ぐ。これも河村前市長のこれまでの言動を考えれば全く説得力に欠ける主張だ。
事情を知れば、これも嘘で無責任な他責思想だと判る。行政の責任者であれば、最小の費用で最大の効果を上げるというのが、法の要請する職責(地方自治法第2条14項)であって、河村前市長がそのような意図をもって行動したとは言えない。
バリアフリーと「本物復元」という価値観は対立していない。
河村前市長がでっち上げているだけだ。
そもそも河村前市長が市長として策定した当事業の要求水準はユニバーサルデザインが条件となっており、現代の公共建築物がこの条件を無視して成立するわけがない。これを無視するというのは前近代的な見識だ。
河村・井沢文書では
(略)
推測に頼らず往時の姿を再現できる
(略)
本事業の最大の価値は 「完全復元」にあり、現代設備の導入はその真正性を損なう可能性があります
(略)
文化財の保存や安全確保に必要な防災設備・電気設備等は適切に整備されるべきですが、昇降機等の設備については慎重な判断が必要です
などとしているが、名古屋城天守には内部構造図は無い。名古屋市が「内部構造図」と言っているのは昭和実測図などで、それが外部からの観察をもとに柱や梁の配置などを示しただけで、そうした部材がどのような構造で組まれているか。伝統的な木造軸組工法の精華である継手や仕口といったノウハウについては、完全に失われてしまっている。
国宝に指定された木造民家箱木家住宅の修復資料 https://t.co/aelvxm8jHMhttps://t.co/8NeU86ya4z
— Akira MORI (@akira_mori0120) 2026年5月29日
と、名古屋城昭和実測図 https://t.co/dOrwha2b9qhttps://t.co/ZJTYIznhhk
←内部構造図 外形実測図→
名古屋市はこの程度の図面で「史実に忠実な本物復元」とか言っているわけ pic.twitter.com/WSTSFVlGYr
今次計画では、こうした柱や梁を接合金物で繋ぎ、壁には耐震ダンパーも入れるとしている。「本物復元」と言いながら「防災設備・電気設備等は適切に整備されるべき」と、自分たちの利便性については要求し「昇降機等の設備については慎重な判断が必要です」などと選別する態度は、幼稚で利己的というほかない。
このような低い見識を容れて木造復元がなされ、その財政負担が後世にのしかかるなら、未来の名古屋市民からこう言われるだろう。
「令和の名古屋市民はいかに愚かだったのか」と。
一月に一回程度、「名古屋城の有形文化財登録を求める会」の月例会を開いています。
次回: 6月20日(土)
午後2時00分
市政資料館 第1集会室
名古屋市市政資料館 | 【公式】名古屋市観光情報「名古屋コンシェルジュ」











