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一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

パターナリズムは文明の嬰退である

映画「主戦場」を観た。
ドキュメント映画は、その扱う事柄以上に、登場するヒトが浮き出ていたほうが面白い、そうした意味ではよくできたドキュメンタリー映画だった。杉田水脈櫻井よしこ(名称については、敬称略とします)等々、面白い表情を垣間見させてくれて興味深かった。

映画の最後に(別にオチというわけではないから良いでしょう)「オーバートーク」を諫める監督のコメントがあった、つまり例えば被害女性の悲惨さを語る際に、年齢などを研究結果から導き出された以上に若い年齢を話してしまうと、そうした齟齬を元に、発言自体も否定されてしまうというような指摘だが、そう言っているこの映画自体が、両論併記とは言い難く「従軍慰安婦の存在否定派(以下単に「否定派」)」の後に「従軍慰安婦の存在肯定派(以下単に「肯定派」)」の主張を持ってくるというような構成になっていて、公平じゃないだろうという気にもなった。まあしかし、「肯定派」を否定する根拠を示せる「否定派」は居ないので、こうした構成にならざるをえないだろうとは思うけれども。

そういう意味では、中立的な報道を志した作品ではない。逆に、「否定派」に対する嫌悪を明確に感じるが、抑制は効いているとも思った。被害女性にとっては、本当に語りたくない事柄を語っているにも係わらず、そうしたヒトの心情を無視して幼稚な「否定論」を振り回す論者の非人間的な振る舞いには侮蔑を禁じえない。本当にこの世の中には「恥知らず」と面罵されても当然の人々、その上、そうした評価に無自覚な「厚顔無恥」な輩がいることと思えてしまった。

そんな事を考えながら、帰りの電車でふと「人間はいつ頃から文明を築いてきたんだろうか、その文明の基盤は何だっただろうか」などと考えてしまった。それはやはりルネッサンス以降で、それ以前と以降では文明の有り様は大きく異る。

この両者を隔てるものは、「論理実証主義」というようなものだ。

ルネッサンス以前では、「神」やら「神話」「言い伝え」といったものが人々を拘束し、宗教的指導者や長老、権威を持ったものの言葉は、論理的な実証を経なくても人々に強い力を持った。

そこでは「相関関係」と「因果関係」といったものの混同が起きていた。(と言ってみても、過去形ではなく、現在でもこれは起きている)

この両者をつなげるちょっと面白い「例え話」があったのだけれども、正確なセンテンスを思い出せないので、概要を書き記しておく。

「アフリカの大地に日食が起こると、●●族の太鼓の音が響き渡る。
太鼓の音が響き渡ると、しばらくして太陽はまた輝きを取り戻す。
これは●●族が何千年と伝えてきた太陽を取り戻す儀式である」

●●族にとっては、輝く力を失った太陽に、太鼓によって力を与える儀式があり、そこには「因果関係」があると誤認してしまっているというわけだ。しかし、人間にとってこの「相関関係」と「因果関係」の混同は抜き難い弱点のようだ。

2017年、NHKが「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン」(キャスターがマツコ・デラックスだったので、彼女の口調になっている)という番組を作って、その中で「40代ひとり暮らし率」が、「日本の未来を動かすカギ」と示され、「40代ひとり暮らし」が増えると、「自殺者数」「餓死者数」「空き家数」「救急出動件数」などが増え、「合計特殊出生率」「老人クラブ会員数」などが減ると報告された。

www.huffingtonpost.jp

「ひとり暮らしの40代が日本を滅ぼす」これを聞いて、あたかも「40代ひとり暮らし」が「自殺者数」等の原因であるかのように捉えられたが、これは単純な「因果関係」ではなく、同じ原因が2つの事象を導き出している「相関関係」を表しているのではないかとも考える。

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

つまり、日本における貧富の格差やぶっ壊れた雇用法制が「40代ひとり暮らし」を増やし、同時に「自殺者数」も増やしているのではないのか。


日本人は「穢れ」の意識が強く、穢れた存在を共同体から排除しようとする傾向が高い。

「穢れ」とは何らかの出来事による「結果」であって、「原因」に成り得るかどうかはわからない、それでも「結果」である「穢れ」を「原因」と誤認し、排除することによって、次なる「穢れ」の発生を抑制しようとするのであれば、それは「原因」と「結果」を取り違えていることになる。

逆に、「権威者」という者がいる。何らかの成功を収めた者は、その事柄の「権威者」として、追従者はその「権威者」の託言をありがたがる。その者が成功したことは間違いがない「結果」だが、その者の託言はその成功の「原因」である保証はない。そして、たいてい間違っている。面白いのは、ある特定の「成功者」の存在は、この「追従者」によって成立しているという事例も散見される。「追従者」がいるから「成功者」が成功しているように見え、その成功の幻想が「権威」を生み出し、次なる「追従者」を引き付ける。そこにはなんの根拠も、当然ながら保証もない。見事なまでの再帰関係だ。遠くから眺めている私には、崖に向かって進行しているハーメルンの笛吹か、自分の頭にできた池に身投げする姿に見える。合掌。

日食を自分たちの太鼓で解決したと思うアフリカの●●族を笑えない。今日も新聞の一面には「成功の方法」を語る「権威者」の託言を収めた新刊ビジネス書の広告が踊る。その肩には「何十万部増刷」などと書かれている。こうした人々が知るべきは、「相関関係」と「因果関係」の意味であったり、論理実証主義という現実の見つめ方ではないだろうか。

論理実証主義」に準じ、事実と根拠を元に、論理的な思考を高めていく考え方が、リベラリズムであり、それに反して「権威者」のご託宣をありがたがるあり方を「権威主義パターナリズムという。リベラルな場面ではどのような権威者であろうとも、主張は平等に評価され、論理的に成立していなければ破棄される。

アインシュタインニールス・ボーアの論争は有名であり、当時の最高権威者アインシュタインと論争を繰り広げたボーアたちの存在が、量子力学の扉を開け、現代の物理学の基礎となった。かといって論争に敗れたアインシュタインの批判(思考実験)は決して無駄ではなく、それら批判が量子論の信憑性を上げ強度を高めた。このように、批判とは、批判される対象の強度を増す。ボーアたちがアインシュタインの権威に傅いていたなら、量子論の進展は遅れていただろう。また、アインシュタインの提示した批判(思考実験)がなければ、他者によってその検討が行われるまで、やはり進展は遅れていた。批判にさらされ、開かれた議論を経なければ、信憑は得られない。これが論理実証主義の立場だ。

ルネサンス以降、人類は論理実証主義によって、様々な権威ある言辞を打破し、人類の可能性を広げ、現代の文明を築き上げてきた。丹念に事実を積み上げ、誠意を持って評価し、誤りは破棄し、論理的整合性のある主張を組み上げていく。

先入観や偏見を乗り越える勇気が、文明を高めていく。

ところがどうだろうか、この映画に出てくる「否定派」の先入観、偏見、そして自らの思い込みに固執する醜悪な態度。

加瀬英明なんて、本当か、わざとかは知らないが、「吉見義明を知らない」とまで言い放つ。従軍慰安婦問題で、様々な史料を報告している人物の著作を読まないと言っている。このような論理実証主義に背を向けた態度は学問とはいえない。「否定派」に立つものは、文明的な手法に立っていない。これでは様々な「歴史戦」に敗北するのは当然だ。論理的な整合性を維持できない。

それなのになぜこうした「否定派」「歴史修正主義」に一定程度の支持が集まり、市場が成立しているのか。

地下鉄の中でボーっと考えていると「道」という言葉が浮かんだ。

「茶道」や「華道」日本では様々な物事が「道」になる。「道」とは主観的判断の尊重で、先達の主観的判断に近づくを由とする。様々な「道」の中で、その道を極めていくことは、主観的には結構なことだろう。趣味としては理解できる。しかしそれはやはり広がりを持たない。特に閉ざされたサークルの中で、その小宇宙の権威者が、主観を押し付けているだけでは、客観的には全く理解不能だろう。加瀬英明の主張などこれ以外の何ものでもないし、杉田水脈やら藤木俊一の語る底の浅い発言など聞いていると、なんとも恥ずかしくなる。「歴史の真実を求める世界連合会」などの活動が、却って問題をこじらせ、日本という国の国柄を貶めている理由もこれだ。

パターナリズムは永続性を持たない、持ち得ない。「否定派」「歴史修正主義者」はオピニオンリーダーとして短命だ。こうした集団の中で「新しい歴史教科書をつくる会」といえば、そこそこ先駆だろうが、その会長の遷移を見てみると、西尾幹二田中英道八木秀次種子島経高池勝彦→小林正→藤岡信勝→杉原誠四郎→高池勝彦と目まぐるしい*1。権威をもってもてはやされても、どこかで論理破綻したり、金枝篇よろしく磔や火あぶり(喩えだよ、喩え)になってみたり、追い落とされて安楽な道ではない。(何人かは、逆に安楽な道が見つかったので、そっちに身を寄せるすべを覚えて逃げたのかもしれないが)

歴史修正主義に足をかけて論理破綻しないようにごまかし続けるなんてできない。加瀬のように「他人のものは読まない」と、自分のファンクラブむけにリサイタルでもやる以外無い。広がりも生産性もない。だって、他人を貶めて食っていこうってソリューションなんだから。長くは続かないし、他人を貶め続けて幸せになれるものでもない。

そうした先人の姿を見れば歴史修正主義になんか足を踏み入れないだろう。しかし、そうした先人の教訓を学ばないのが歴史修正主義なのだから、先人に学べ、歴史に学べというのは、矛盾する指摘ということになるだろう。


*1:wikipedia 調べ