安倍首相の安保法制をめぐる議論が活発化している。
国会や首相官邸では連日デモが行われ、そうした行動は名古屋にも波及している。
この行動を担う一翼に「SEALDs」という若者の集団が居るようだ。
私はこの「SEALDs」という行動に一抹の危惧を持っている。そうした意味では彼等を全面的に肯定できていないという事を先に述べさせていただく。(その理由については、余力があれば近日中に掲載するかもしれない)
追記:9月13日に 名古屋駅西口で SEALDs TOKAI 主催の街宣が行われ、それに「参加」してみた。*1その場で、今回 SEALDs TOKAI 立ち上げのメンバーに少なからぬ因縁があることが判ってしまった。悪いことはできないし、良い事はしておくものだ。
そういった意味も含めて、私のSEALDs論と 危惧するポイントについては必ず書かせていただく。
また、現在の自分の考えも明記させていただきたい。私は安保法制には明確に反対するもの、安倍政権打倒とまでは言えない。
前者の理由は、安保法制整備の前に日本は外交的解決の努力をしようとしているように見えない。外交が先行せず軍備が先行することは明白に愚策である。
後者の理由は、安倍政権に代わるものが見当たらないことだ。
民主党にはまだ期待できそうもなく、ましてや維新など論外だ。
そういう意味では野田聖子氏との総裁選を実施し、自民党内の非主流派を活性化し、自民党の党内議論を国民の前に開示すべきではなかったかと思われる。それが実現できないところに、自民党・安倍政権の際どさ(脆弱性)も見てとれる。
長々と前置きを書いてしまいましたが。
こうした安倍首相に対する国会前デモを閲して、60年安保における岸首相に対する国会前デモを連想する人は多いようだ。*2
60年安保闘争に対する評価は人それぞれだろう。
中には、あの「大衆闘争」を否定、批判する人たちも当然いる。
だから、その尻馬論理に乗って、現在の国会前デモやSEALDsなどの若者を批判し、牽制しようという考えを持つ人々が生まれるのは理解できる。
次のような文章はその現れだろう。
SEALDsの「仮面」を剥ぐ/僭越ながら「苦言」を少し
SEALDsという学生団体の活動を見て思うのは、彼らは権力と対峙し、反体制を謳う「反骨」な自分に酔いしれているだけではないのか。彼らが言うように日本と平和を本気で愛しているのであら*3ば、いま現実に起こっている脅威に目を背けず、きちんと向き合って冷静に解決する術を考えるべきではないのか。感情論や精神論ばかりが先立つ主張は、はっきり言って無意味である。デモの参加者が、口汚く現政権を罵っているさまを見ていると、ただただ興ざめするばかりで、彼らの訴えは何一つ心に響いてこない。
(略)
60年安保の真っただ中、当時の岸信介首相と対峙し、デモを主導した元全学連のリーダーは、昭和62年に岸元首相が亡くなった際、次のような弔文を書いて、その死を悼んだという。
「あなたは正しかった」(iRONNA編集長、白岩賢太)
SEALDsの「仮面」を剥ぐ
上記の文章は投稿日が9月4日になっている。その日の産経WESTに次のような文章が掲載されている。
【浪速風】“声なき声”こそ多数派だ(2015年9月4日 産経WEST)
安全保障関連法案の参院での審議が大詰めを迎えている。民主党など野党や一部のメディアは、国会周辺の反対デモを“民意”として廃案を求めているが、歴史を振り返ってみよう。60年安保のデモ隊の数は今回の比ではなく、国会突入を図って警官隊と衝突するほど過激だった。
▼当時の首相、岸信介は「私は“声なき声”に耳を傾けねばならないと思う」と言ったが、「(デモの)参加者は限られている。野球場や映画館は満員で、銀座通りもいつもと変わりがない」という部分が「それでも後楽園球場は満員だ」と切り取られて報道され、火に油を注いだ。
▼だが、日米安保条約改定が自然承認されると、あれほど激しかったデモは潮が引くように沈静化した。アンポ反対から高度経済成長へ。退陣した岸の後任の池田勇人が「所得倍増計画」を発表したのは昭和35(1960)年9月5日である。岸が亡くなったとき、元全学連リーダーは「あなたは正しかった」と言った。
【浪速風】“声なき声”こそ多数派だ(9月4日) - 産経WEST
この元全学連リーダーの「あなた(岸信介)は正しかった」という言葉を借りて、60年安保闘争は誤りであったと主張したいのだろう。
実はこのセンテンスは産経WESTでは以前にも掲載されているようだ。
【浪速風】60年安保は条約を読まずに反対した(2014年5月16日 産経WEST)
(略)「戦争をしない」「平和を守れ」に反対する日本人はいない。問題はどうやってこの国を守り、平和を維持するかだ。緊迫する国際情勢を見すえ、国会で議論を尽くせば、自ずと答えが出るだろう。元全学連リーダーが岸元首相の死に「あなたは正しかった」と弔文を書いたことを付記しておく。
【浪速風】60年安保は条約を読まずに反対した(5月16日) - 産経WEST
どうもこの「元全学連リーダーが〜」の件はこの著者の「ネタ」のようだ。
そして、この言葉はキャッチ―なようで、あちこちで引用、転載され、さらに拡散されている。
60年安保の真っただ中、当時の岸信介首相と対峙し、デモを主導した元全学連のリーダーは、昭和62年に岸元...
60年安保の真っただ中、当時の岸信介首相と対峙し、デモを主導した元全学連のリーダーは、昭和62年に岸元... - みたいもん!クリッパー
「あなたは正しかった」 | 理容室/Family Salon セイコウから
http://champpapa.blog.jp/archives/42851543.html
シールズの大学生…信じられないほどの愚鈍、低劣な思考力、無知蒙昧 - へそ曲がりの真っ直ぐ日記Ⅱ
(あくまで一例に上げただけで、それ以上の意味は無い)
しかし私は一抹の違和感を感じた。とりあえずこの「元全学連リーダー」とは誰のことを指しているのだ?
調べてみた。
どうも昭和62年(1987年)10月号の中央公論誌上に載った「声なき声の人」という一文がそれらしい、筆者は”あの”西部邁だ。
西部邁がこの一文に対して、自分自身どのような気持ちでいるか、後に語っている素材が有る。本文に当たる前に、まずそちらを参照してみよう。雑誌「諸君!」の2004年1月号に掲載されている「『親米保守』VS『反米保守』イラク決戦」という対論である。対論相手は田久保忠衛杏林大学名誉教授(にして、日本会議会長)である。
会長挨拶 « 日本会議
「『親米保守』VS『反米保守』イラク決戦」 雑誌「諸君!」2004年1月号 pp.50
田久保 (略)西部さん、誰がこんないびつな自衛隊にしたんですか。西部さんに叱られるかもしれないけど、こういう自衛隊の惨状を一刻も早く改めようとしたのが岸信介だった。片務的な旧安保条約を相対的にせよ双務的なものにしようと安保改正を実現した。当時のアメリカは日本がもう少し強い防衛力を保持してほしいと願っていたし、岸さんも自主防衛を少しでも推進しようとしていた。両者の思惑が合致して安保改定が実現したわけですが、ご存知の通り、西部さんたちが「アンポ反対!」と叫んで、岸内閣をぶっ倒そうとした。結局、安保改定は実現したものの、あの騒動に日本国民がたまげてしまい、池田内閣以降、改憲を政治日程に乗せることをしなくなった。防衛庁長官は、誰もなり手がいなくて、最後の最後に決まるポストでしかなかった。その頃、僕は入社したての通信社記者でしたが、農林省クラブにいて、目の前を学生たちがデモに向かうのを見て「これは困ったことだな」と苦虫をかみ潰していましたよ。
西部 西尾幹二さんなんかも似たようなことを言って、「西部は昔安保反対闘争をしたじゃないか!」と批判していましたが、それはルール違反というか、実に非礼な言動だと思う。別に怒っているわけじゃなくて、客観的に言っているんですよ(笑)。
当時、私は反日共系全学連のメンバーで反岸、反安保闘争を闘ったのは事実ですが、二十二歳の時、左翼運動から離れて沈思黙考のひとときを過ごし、政治や社会の事について発言しだしたのは二十年後の四十を過ぎてからですよ。それにもとづいて、自分のやったことを総括し、過ちであったことを回顧した『六十年安保 センチメンタル・ジャーニー』を刊行しました。また、岸さんが八十七年八月に亡くなった際、多分知識人の中では僕だけだと思うけれど、『中央公論』(八十七年十月号)に「声なき声の人」と題して弔文を書きましたよ。「岸氏が強行採決によって新安保を成立させたことについては、私は、当時はひそかに、今はあからさまに、為政者として責任ある行為だったと考えている」とまで。私は私なりのいわば「言論のルール」と思うものに従って行動をしてきた。にもかかわらず、まぁ、人の書いたものを一々読んではいないだろうけれど、当てずっぽうで人のことを決め込んで、”もう一度反米騒ぎをするつもりなのか”といった類のことを言うのは、実に非礼な言動であるというしかない。(略)
上の引用にあるように、西部氏はこの「声なき声の人」という一文で「岸氏の強行採決によって新安保を成立させた」ことを「為政者として責任ある行為であった」とは書いている。しかし「あなたは正しかった」などと言う文章はどこにもない!
この引用部分は次のように続く「しかし、その政治的外科手術によって時代の健康がとりもどせたかどうかはおおいに疑問である」と。これで「あなたは正しかった」などと言っていると言えるのか?
またこの文章では、岸氏に対して「中国にたいする戦争」について厳しく追及している。また岸氏の言葉である「声なき声の民」について、大衆迎合と指弾してもいる。*4
岸氏の恐れ嫌った大衆示威行進は確かに衰微した。その代わりに文明そのものが、産業主義と民主主義の旗をかざして、「豊かさと等しさ」をとめどなく追い求めて、大衆運動を展開している。
「中央公論」昭和62年10月号 pp.182 「声なき声の人」より
こうした問題に岸は言葉を発していないと、岸(やその他、語らぬ政治家)こそ「声なき声の人」ではないかと批判しているのがこの一文となる。
西部の謝罪でもなければ、岸を正当化させ、再評価しようというような文章ではない。
(この後、この一文にそって、西部の大衆批判について書いた部分はあまりに冗長なのでカット)
しかし、この産経の文章。「西部邁」なら「西部邁」と書けば良いのではないのだろうか?ここで敢えて「元全学連のリーダー」などという書き方をするところに、嫌らしい「意図」を感じてしまう。
最後に、なんだろうなぁ。書かれてもいない文章を書かれていたと書いてしまう産経新聞とか、そういう「誤報」を検証も無く引用して(それも、自分の締めの言葉にして)恥を感じないヒトとか。*5
権威に弱く、権威を持った者の言葉を信じやすく、そういった言葉への検証がなおざりになりがち。これが「伝統的な」日本の右翼の弱点だよ。先の大戦で、優秀な人材を集めたはずの旧帝国陸軍が、なぜあれほど「バカ」だったか。その理由がこれでしょ。今の右翼国粋主義の人々や集団にも「きちんと」受け継がれていますね。その伝統を墨守する姿は痛々しくも美しく、笑いが込み上げます。*6
最後に余計な事を書きましょうか。
この SEALDsTOKAI 旗揚げを受けて、本日の名古屋テレビニュース「UP!」で駅西での集会や地元首長の意見を取り上げていた。松阪市の山中市長は反対の立場から「法案成立の場合、提訴に踏み切る」と踏み込んで発言、愛知県の大村知事は「国民の理解を得るために十分な議論を」と安全運転の発言。
さて、名古屋の河村市長。
「集団的自衛権”なし”の国というのは
”なし”という意味は
『ない』のか『行使できない』のか
同盟国というと普通はあり得ない」
アホな発言だね。
まず、「面白くない」
オチもないしね。深みも無ければ、真剣味も無い。
日本が集団的自衛権を(国連などから)認められているのは常識だろう。
客観的に国家が「集団的自衛権」を認められているのは単なる議論の前提だ。
客観的には認められている権利を、日本は「不戦の誓い」によって行使しないと表明してきた。
憲法で謳って、吉田茂はそれによって朝鮮動乱へ巻き込まれる事を防いだ。
なんですかね「同盟国というと普通はあり得ない」という表現は。
なんとなく、安倍政権の法制化に「賛成」という事だけは判りました。
本当に、面白いね。
名古屋市内の市民運動家、リベラルの皆さん。
南京発言で相当、この御仁からは離れているでしょうが、
まだ残っているヒト。これでも しがみつき ますか。