市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

真・庶民革命(最終回)午前0時の裁定

(この文章は創作です。創作ですが出来うる限り事実に即して描いております)

 前回までのあらすじ:
 名古屋市会に生まれた素人集団の第一会派、減税日本ゴヤ。彼等の課題は公約であった議員報酬半減、800万円の実現。幹事長である舟橋は議案を取下げ、全会派による裁定案の再提出によって、公約の実現をはかる。河村代表との対話を乗り越え、公約の実現を舟橋は目指す。

 真・庶民革命(1)革命の鳴動
 真・庶民革命(2)幹事長、辞表提出!
 真・庶民革命(3)議会は酷薄な戦場
 真・庶民革命(4)5分間の休憩
 真・庶民革命(5)3号議案取下げ
 真・庶民革命(6)党議拘束
 真・庶民革命(7)代表の真意


 午後9時ごろ。民主党が4号議案の取下げを表明。
 それを受け、各会派が断続的に協議に入る。自民党は新条例案を提出議案の形に整える。午後11時より減税日本ゴヤ自民党公明党民主党の四派による団長幹事長会議が開かれる事となった。

 平成23年4月25日午後11時。名古屋市東庁舎2階会議室。
 自民党からは横井利明団長、藤沢忠将幹事長。民主党からは奥村文洋団長、加藤一登幹事長。公明党からは金庭宜雄団長と長谷川由美子幹事長。そして減税日本ゴヤからは則竹団長と舟橋幹事長。皆、深夜にわたる議会に疲れながらも緊張した面持ちで席に着いた。当選回数で最古参にあたる民主党、奥村団長が議事を進めた「夜遅くご苦労様です。懸案となっております3号議案と4号議案の取扱いについて、各会派のご意向を伺います」
「まず、減税日本ゴヤのご意向をお伺いします」則竹に水をむける。
「我々減税日本ゴヤは3号議案を取下げます」則竹は緊張気味に応えると各議員を一通り眺めた。各会派の議員にも事態打開の出口が見え、安堵の表情が浮かび、会議室の空気が一瞬、緩んだ。則竹は発言を続けた「非常に、残念です。我々は6月に恒久条例を出したいと思います・・・」舟橋は驚いた、そんな方針、団の中で合意されたものではない。何を余計な事を口走っているのだと怒れた。そういえば先ほどの河村代表との電話でも、6月に再提出がどうと言っていた。河村代表から則竹がネジを巻かれたのだろう。各議員は怪訝な顔をしていた、中には舟橋に問い詰めるような視線を送ってくる者もいる。舟橋も則竹を問い詰めるように睨んだが、則竹は我関せずといった表情だ。やがて民主党の奥村代表が「減税さんが、6月に再提出をされるのなら、意味がありません。そんな事なら自民党さんが4号議案を取下げられても、民主党は下げられない」と宣言する。会議室の空気は一気に重く張りつめた。暫くの沈黙が続いた後、舟橋はその重い空気を持ち上げるように「持ち帰らせていただくわけには参りませんか」とすがるように声を出した。そこに民主党の加藤幹事長が助け舟を出した「表で則竹さんと少し話し合って来なさい」舟橋の表情に、則竹の発言が団の総意ではない事を読み取ったのだろう。舟橋はその言葉に礼をすると、席を立ち、則竹を伴って廊下に出た。

 廊下は人影もなく静まり返っている。二人を照らすのは足元の常夜灯だけ。則竹にも事態の重要性が呑み込めたらしく緊張で酷い顔色になっている。則竹は力なく舟橋に切り出した。
「どうしたら良いですか?」
 舟橋は一瞬たじろいだ。先ほどの則竹の発言は、落としどころの準備も無い発言だと理解したからだ。この期に及んでそんな不用意な発言を団長として語ったのかと、いささか呆れ気味に則竹の顔を見据えていた。
「どうするつもりだ」舟橋は突き放すように聞き返した。
「どうしたら良いですか?」則竹はすがるように同じことを繰り返すしかなかった。舟橋は釘を刺さなければと、静かにそれでも力強く念を押した「ケツをまくるのなら、まくっても良いんだぞ」則竹は何も言い返せない「余計な事は言わずに、議事を進行させろ」
 二人が部屋に戻る。部屋の空気は重いままだった。則竹に替わり舟橋から6月に恒久条例を提出するようなつもりがない事、発言は則竹団長の誤認であり、取消すことを謝罪とともに述べた。

 舟橋の釈明を受け、自民、民主よりそれぞれ4号議案取下げの表明があった。
 その上で、新条例案の全会派一致による共同提案について図る。その際、「民意を反映すべく、議員報酬のあり方を検討する第三者委員会の設置を求める」という意見を付加する事が提案されたが、そうすると事実上4号議案と同じになってしまう。妥協策として条例の末尾に「この条例を提出したのは、民意による成案を得るまでの間、議員報酬を減額する必要があるためによる」という文言を「(理由)」として付加するという案で決着をみた。舟橋からすると、これで条例の中から「第三者委員会の設置」を追いだせた形となった。
 四派会合の合意の後、共産党への説明は第一会派の幹事長である舟橋が受け持ち、事前の話し合いの通り共産党も提案者として加わる事に同意した。これで全会派一致して、5号議案が提出できることとなった。



 平成23年4月25日、午後11時26分。名古屋市会総務環境委員会。
 「5分間」と言って入った休憩は5時間54分にわたった事となる。
 大村委員長が再開を告げる「ただいまから総務環境委員会を再開いたします。休憩前に引き続き第3号議案及び第4号議案に対する審議を続行いたします」玉置委員が発言を求める「今回の議員提出議案第3号につきまして、委員会のほうでも御審議いただいておりましたが、条文中に入っておりました附則第2項、いわゆる激変緩和措置について、審議の中でも非常に紛糾の原因となりました。また、市民の方から御批判やさまざまな意見をいただいておりました。それらを総合的に勘案いたしました結果、議員提出議案第3号につきましては、提案者全員の同意をもって取り下げという結論に達しましたことを御報告いたします。今後、第1会派としての責任を果たすべく、他会派の方との意見の調整を図りながら、民意が反映できるよう努力してまいりたいと思いますので、よろしくお願いいたします」続いて藤沢委員が発言する「ただいま3号議案取り下げという話が出ました。第1党であります減税日本からそういった御意見が出まして、またその中で議会内の意見の吸い上げでありますとか、それから私どもが求めていました民意を聞くような仕組み、そういったものもつくっていただけるというような趣旨の御発言がありました。もとより私どもこういった事柄は議員の身分に関する問題でございまして、できるだけ多くの議員の賛同を得ることが望ましいというふうに考えております。したがって、減税日本からそういった御提案がありましたので、私どもも自民、民主全員の同意をもちまして、第4号議案を取り下げさせていただいて、今後よりよい案をつくっていただけるように協力していきたい、このように思っておりますので、申し上げます」両案の取下げが正式に表明され、取扱いの為に代表者会議を開いた。調整に時間がかかった事から残りの作業は明日となる。
 午後11時59分
 大村委員長が宣言する「それでは、本日の委員会を散会いたします」
 午前0時 散会



 平成23年4月28日、中日新聞一面。「名古屋市議会/報酬半減条例を可決/来月から/暫定的に年800万円」
 「名古屋市議会は二十七日、本会議を再開し、議員報酬を五月から年八百万円に半減する暫定的な条例案を全会一致で可決し、閉会した。市議会を揺さぶり続けてきた議員報酬問題はひとまず落着。ただ最大会派の減税日本からは「六月議会で、恒久的に半減する条例を出し直す」との声が出ており、再燃する可能性もある」


 平成23年4月27日、中日新聞、市長会見「任期折り返し河村市長に聞く」「名古屋市河村たかし市長(62)は二十八日、就任三年目を迎える。四年の任期を折り返す市長に、これまでの成果と今後の市政運営の展望を聞いた」
「二年間を振り返って感想は」
「二十年か二百年やった気がしますわねえ、市民生活に直結することは何一つ怠らずやってきた。加えて水道料金を値下げしたり保育所をたくさんつくったり、市民サービスは相当向上した。減税がなければできなかった。減税で名古屋が一地方都市から脱皮する入り口をつくったのに、議会の否決で継続できず残念」
「公約は四年で実現すると訴えた。山に例えると何号目か」
「報酬半減が二十七日の本会議でとりあえず実現しますしね、減税と地域委員会を含めた三大公約で言えば、五号目でしょうかね」




 エピローグ:守りたかったもの


(BGMにどうぞ)


 平成27年3月16日 名古屋市役所東庁舎3階、議員控室。
 通いなれた議員控室であっても、議会事務局に許可を得なければ入室できない。舟橋は事務局職員とともに控室に入った。この12日に舟橋の任期は切れ、名古屋市会議員としての資格を失っている。市会議員でなければ当然、議員控室を使うわけにはいかない。
 同室だった議員が、荷物を搬出する際、誤って舟橋の資料を持っていったらしく、控室に戻してもらう事にしたのだ。箱に入った書類は、立候補せず名古屋市会議員として再選を目指す気のない舟橋にとっては、すでにどう処分してもらっても良いものばかりだった。
 確認の為に簡単に目を通していると、中から「平成23年議員提出議案第3号」と題された書類が出てきた。あちこちにアンダーラインが引かれ、走り書きが書かれている。

 この四年間を振り返ると、将にあれが原点だった。
 3大公約と言いながら、既存議会を敵役に市民の支持を得てきた河村市長、減税日本だったが、曲がりなりにも議員報酬の半減が実現する事により、その目標が無くなってしまった。それどころか地域委員会は事実上終了、看板政策である減税にしても、公約の10%減税実現は話題にも上らず、いつのまにか5%減税のままでお茶を濁している。そして自分たちの成立させた議員報酬の半減、年間800万円という数字は、はしなくも減税日本から政務調査費の不正利用という不祥事を頻発させることによって、現実的には市議としての活動ができない報酬であると認めたようなものだ。舟橋自身、もっと生活が成り立つ報酬であれば、再選を目指したかもしれない。
 3大公約の実現によって、目標を失い、減税日本という議員団の中では各自の考え方の違いだけが顕在化した。結果として会派は粉々になり、無所属やリコールをした相手である筈の既存政党、果ては次世代の党にまで分散するという次第になっている。果たして自分のこの4年は何だったのだろうか。

 それでも議員となって二月にもならないような者が、条例を成立させたのは事実だ。

 その条例は、結果としては自分でも納得のいくものではなかったかもしれない。が、しかし。6,948人の、自分に投票してくれた人々の付託であり、民意であった事は間違いがない。そうした、自分を支援してくれた人々の期待を実現できたのだ。約束を守れたのだ。それだけは胸を張って良いだろう。

 舟橋は書類を箱に戻すと、ホワイトボードに置いてあったマーカーを使って箱のふたに「破棄」と書いた。カギを持って立って待っている事務員に「捨ててください」と依頼すると、控室の扉を開けた。議員控室の重厚な扉は、意外なほど軽く開き、舟橋は歩を進めた。



 長々と、「講談」におつきあいいただきましてありがとうございます。
 昔より、「講談師、見てきたような嘘を言い」と言われております。
 脚色を施した、創作である事を再度強調しておきます。

 なお、色々なご意見等もいただいておりまして。
 こういった表現で「続 真・庶民革命 一貫正義」と題して、減税日本ゴヤの分裂。いわゆる「中村議長騒動」の舞台裏を描いてみたり。
 「パブリック・エネミーと呼ばれて。 ポルシェ・河合の真実」を描いてみたいとは思っております。

 機会がございましたら、またおつきあいください。



本日、中日新聞で、舟橋氏のインタビューが掲載されていました。
このインタビューについての論評は明日以降に持ち越したいと考えています。