前回のエントリーで「非常に厳しい疑惑」という表現を使った。
何に対して疑惑を持っているのかというと、昨年11月に公表された市民税5%減税の検証シミュレーション(以下単に「検証シミュレーション」という)について、実は正常にシミュレートされていないのではないかという疑惑がある。
前提となる減税政策に対する認識について
ただ確認しておきたいのは、この検証シミュレーションはあくまでマクロ計量モデルに基づくシミュレーションであって、実測値ではないという事である。これは強調しておくべきだろう。
このシミュレーションでどのような値が出ようとも、それがすなわち名古屋市の実施している市民税5%減税の有効/無効を示すものではないということだ。
また更に確認しておきたいのはすでに当ブログでも検証したように。
2014-11-14 「名古屋のSTAP細胞」と言われませんように
115億円投入した政策が206億円の経済効果しかないのであれば。121億円の施策規模で316億円の経済効果があると言われている「敬老パス政策」の方が経済効果が高いということだ。*1
これは当ブログでも度々登場するマクロ経済モデルの数式
とも整合するし、直感的にも理解しやすい。
敬老パスを利用して出かけられた方は、その足で買い物や食事、または観劇などをされるだろう。121億円の施策でこうした消費が喚起されるのであれば、経済効果は大きい。
名古屋市内における経済効果だけを考えるのであれば、減税政策を即刻取りやめて、その115億円を敬老パスの適応拡大に使い、市内の名鉄電車やバスなどへも適応してみた方が良いのじゃないだろうか。地下鉄路線の及ばない地域からは敬老パスの利便性について不公平との指摘もある事を考えれば、こうした拡大は意義がある。
つまり、この検証シミュレーションを信じて受け止めてみても、減税政策よりはオーソドックスな福祉政策の方が市内経済に与えるインパクトは大きいと答えが出ている。
それでもまだこうした当たり前の施策を実行しようとせず、あまり効果のない減税政策に固執するのだとすれば、それは市民の為の冷静な政策選択ではなく、自身の我見に拘っているだけに映る。そもそも公約は10%減税なのであり、それを5%でごまかしていること自体、充分にみっともない事と気が付くべきだ。
もう地域委員会同様、減税政策についてもさっさと止めてしまうことが、名古屋市民の為にも有益だろう。
疑惑検証の前提
さて、そうした認識の上で、この検証シミュレーションについて何がおかしいのか。
私は前回の「10%減税の導入に伴う経済的影響について」から、このシミュレーションについては検討させていただいた。
今回の検証シミュレーションは、前回の10%減税のシミュレーションモデルをそのまま援用し、減税幅を5%、施策規模として115億円に換えただけで、大きな違いはない。*2
名古屋市の公式HPには前回のシミュレーション報告も、今回の検証シミュレーションもともにPDFファイルで掲載されている。
http://www.city.nagoya.jp/kurashi/category/25-15-0-0-0-0-0-0-0-0.html
名古屋市:市民税5%減税の検証について(平成26年度)(暮らしの情報)
「報告書(PDF形式、1.21MB)」とされているものが2009年の10%減税に対するシミュレーション報告だ。
http://www.city.nagoya.jp/zaisei/page/0000059765.html
名古屋市:市民税10%減税に伴う経済的影響等について(試算結果)(暮らしの情報)
5%減税の検証シミュレーションは「平成26年11月10日(月曜日)開催分」の項目の「関係資料」にある「参考資料(PDF形式、1.21MB)」がそれに当たる。
この「参考資料」が先ほどから「検証シミュレーション」と呼んでいるもので、今回約100万円(正確には997,419円(内 消費税等として73,882円))の市費を投じて作成されたシミュレーションとなる。
この検証シミュレーションのPDFファイル、37ページに次のような図が掲載されている。このシミュレーションの仕組みを理解するにはこの図が一番判りやすい。
このシミュレーションが最終的に求めるものは図の左上に赤く着色した「市内総生産」の値である。
「市内総生産」がどのように求められるのかといえば、緑色で示した「政府消費」と「政府投資」さらに青色で示した「民間消費」「民間住宅」「民間投資」に一定の係数を処理して足しこめばいい。
(「統計的不突合」も調整的に足しこまれる)
そしてそれぞれの値はまた他の要因から算出される。(矢印の方向に)
こうして一回(一年間)の値が算出されると、次にはこの算出値を元データとして次々と値が更新されていく。「市内総生産」の値が「一人当たり雇用者所得」と「企業所得」の算出根拠となり、「一人当たり雇用者所得」の値の変化が「雇用者所得」や「消費者物価」に反映され、「企業所得」の値の変化が「法人市民税」の値や「民間投資」の値を変えていく。こうしてマクロ的な経済の循環がシミュレートされ次(次年度)の「市内総生産」が算出される。
ボードゲームで行うシミュレーションゲームでは「ターン」という言葉を使うが、この検証シミュレーションでは一年を一回の「ターン」とする離散型のシミュレーションを行っていると言える。
1番目の疑惑
前回10%減税の報告書の19ページにこのような表が載っている。
右の表が「市内総生産」の予測計算値になっている。現行制度のまま「変更なし:a」と「減税:b」の予測計算値を求めて、その差を比較すれば減税政策によってどの程度「市内総生産」が押し上げられるかが判る。
実は自分なりに検討するためにこの値をエクセルに入力してみた。
それがこの表だ。こちらの方が少しは見やすくなっていると思う。
この表を見ると2009年から2019年までの10年間で3881億円の押し上げ効果がみられる。つまり、1年当たり約388億円の経済効果が見込めると考えていいのだろう。
さて、今回の検証シミュレーションにおいても同じような表が作成されている。
検証シミュレーション、参考資料PDFの41ページにある「図表2.3 シミュレーション結果」の各図表となる。
さて、ここからが「疑惑」の一つ目になる。
この検証シミュレーションについても前回と同様にエクセルに値を入れてみた。
どうでしょう、お気づきいただけますでしょうか。
「減税なし:a」と「減税実施:b」の差が23年から33年までの10年間で2068億円、一年当たり約206億円の経済効果というのは良いのですが。
この表、おかしくありませんか?
このシミュレーションは上で申しましたように、離散型のシミュレーションです。一年ごとに前年までの実績を元に、各値を算出する仕組みです。その為に前回(2009年)の「市内総生産」の値は年ごとに「対前年比」にばらつきが出てきます。それは減税を実施しようとしまいと同様にばらついています。これは「市内総生産」を算出する各要因が複雑に影響しあうからであって、毎年の増減にばらつきがあるのが当然であろうと思われます。
因果フロー図を元に長々とシミュレーションの仕組みをご説明したのはこれをご理解いただきたいからです。
ところが今回のこの検証シミュレーションを見ると、「減税なし:a」の場合の「市内総生産」の値も「減税実施:b」の場合の値も10年間一律で増加をしています。(減税なしの場合は 0.1901% 減税実施の場合は 0.3604% )
毎年、なんのブレも無く市内総生産が10年間、定率で伸び続ける。こんな経済は有り得ません。
良く解釈して今回の検証シミュレーションを行うに当たって、その構築にミスがあり、正常なシミュレートが行われていないのではないでしょうか?
そして、悪く解釈すれば何らかの意図からシミュレーションの値を作っている。改ざんされている可能性も考えられませんか?
2番目の疑惑
図表2.3の内、民間消費(民間最終消費支出)についても独自に作表してみました。
やはりこの値も10年間、ぶれることなく一律に変化しています。
民間最終消費支出を算出する要因である「人口社会増減」についても作表してみました。
こちらの値は微妙に揺れています。
ここで疑問が湧きます。
「人口社会増減」は微妙な揺れを示している。
では、微妙な揺れを示す「人口社会増減」から算出されるはずの「民間最終消費支出」がブレも無く一律に変化するというのはどういうことなのか?
「人口社会増減」の揺れを吸収する要因が誤って組み込まれてしまったか、または「人口社会増減」の値の変化とは関係なく「民間最終消費支出」が算出されたと理解する以外にないのではないのか?
しかし、それは正常なシミュレーションと言えるのだろうか?
3番目の疑惑
1番目の疑問を晴らすためには、「市内総生産」を構成する他の経済変数のシミュレーション結果を参照すればよい。
それらが同様に一律の変化をするか、何らかの事情からお互いに揺れを打ち消しあうような値を取っているのであればシミュレータの構造自体を検証する以外にない。
前回の報告書ではPDFの22ページに「図表2.2 参考:その他の経済変数のシミュレーション結果」として、「民間投資」「住宅地価」「就業者数」などの算出結果が値ではなく折れ線グラフで示されていました。
さて、ここから非常に嫌な違和感が生まれます。
今回の検証シミュレーションにはこの「その他の経済変数のシミュレーション結果」が示されていないのです。PDFの45ページに「2.2.4 参考:その他の経済変数のシミュレーション結果」という項目は設けられていますが、ここには値もグラフもありません。「言葉だけの説明」が掲載されているだけです。
そして、非常に紛らわしい事に、その直前に折れ線グラフが掲載されています。しかしこれは「過去のデータ」です。
前回の報告書でいえば14ページにある「図表1.2 ファイナルテストの結果」が何故か、今回の検証シミュレーションではこのような紛らわしい場所に掲載されている。
まるで「その他の経済変数のシミュレーション結果」の図表であるかのように。
なぜこんな紛らわしい構成になっているのか?*3
こうした紛らわしさは悪質な意図を感じさせるのですが、それは私の「認知バイアス」というものでしょうか?
疑惑解消の提案
実は昨年の段階で財政局税務部の担当者の方には上記の疑問をぶつけています。
その際、次の3つの要望もお伝えしてあります。
1.「その他の経済変数のシミュレーション結果」を示してほしい
少なくとも、前回同様「民間投資」「消費者物価指数」「住宅地価」「1人当たりの雇用者所得」「就業者数」「雇用者所得」の値の10年間算出値。
これらは45ページに説明が記述されているのだから、算出値は有る筈です。*4
それを図表化するのに手間がかかるのなら、算出値をそのまま提示していただくだけで結構ですからご提示いただきたい。
2.人口変動が無い状態でのシミュレーション
これについては新たにシミュレーションを行わなければならないのかもしれませんので無理にとは申しません。ただ、シミュレータの信憑性を測るためには、敢えて人口変動を固定にしてシミュレーションをしていただきたいと考えた次第です。
3.上記の疑惑に対するシミュレーション実施機関の見解
これについても容易に回答できるものと考えます。
年度末の時期というのは財政局は最繁期であろうとは思います。
そんな中にこのような質問は面倒かもしれません。
しかし、ちゃんとシミュレーションをかけていたのであれば、上記の1についてデータを出すことが困難な理由が判りません。このデータが無ければ最終的な報告もできない筈ですからね。
果たして回答まで2か月以上もかかるものなのでしょうか?
また、以上のような疑惑について、疑惑を持つ私の方が考え過ぎで、離散型のシミュレーションにおいて算出結果が固定比率で導き出される事はよくある事だよというご意見など有りましたら、是非お寄せいただきたいものだと考える次第です。
まさか、名古屋市当局に「オ●゛カタさん」が居るとか「ねつ造」があったとかは思いたくありませんので。
ところで、このエントリーにはあるワード(固有名詞)が含まれていません。
お気づきになりましたか?
#851295
追記(2015年4月27日):
名古屋市財政局からの回答が無かったため、2月定例議会終了後の3月12日にこちらから回答について問い合わせを行った。
そうしたところ、約束した追加資料については提出できないという事だった。
つまり、平成21年に行ったような「民間投資」「消費者物価指数」などの各年度の値は示すことができないということだ。
また、上記の「1番目の疑惑」にある「市内総生産」の値が10年間同じ増加率を示す理由については「10年間の経済効果を求めたために、10年間の数字を算出して、それを各年度に割り振った結果である」という事だった。
と、すると。
各年度で増加率に「ゆらぎ」がある「人口社会増減」との整合性が取れなくなる。
少なくとも上記「疑惑解消の提案」における 1. 程度は実行しなければ、シミュレーションを信頼する事はできないだろうし、「平成21年と同等」とも言えないだろう。