昨日に続き名古屋市が提出した「市民税減税5%の検証」を検証していく。
前編はこちら
(記述、掲載は11月14日)
昨日の色々な図の中で、「市内総生産」と「民間最終消費支出」の表の中に赤い下線が引かれている項目がある。これについて昨日の文章では説明できなかった。
この赤下線の値は計算ミスではないのか?(あるいは十万円の値で四捨五入されているのかもしれないが、特に断りが無いため資料の信頼性を損なっている)
一つ仕事や勉強で役立つテクニックをお教えしましょう。
こうした図表を示された際に、そのディテールを評価するのは大変です。とりあえずそこに示された値は信じてかからなければ議論ができないことが多い。そうした場合、その表の信頼性をはかる一つのテクニックとして「下一桁の験算」というものがあります。
つまり、市内総生産の表中、平成26年のケースⅠの値 11,913,783 と ケースⅡの値 11,852,922 の値、更にその差引 60,860 が信頼できる数字か否か、暗算でもできれば良いのですがそれは大変です。しかし下一桁に着目すると 3 – 2 = 0 という値になっています。これはおかしい。
最近、ツイッターでこういったツイートが流れてきましたが、数字のディテールには色々なものが隠れています。自分に提示されたものだけではなく、自分が提出する物についても、ディテールで何が語られているか、注意して見ていくべきです。
本当に、数字は正直です。注意して見ていくとトンデモナイ事柄も見えてきます。
ここに示したのは今回のシミュレーションで想定される「人口社会増減」の値です。
この値と、昨日お示しした「民間最終消費支出」の値を比較すると、こういう事が言えると思います。
十年間の期間で減税の効果によって 7,952人 の人が名古屋に転入してきた。そして、その人たちの影響で 712,294百万(7,122億円)の民間最終消費支出が増えた。
一人当たり、8千9百万円。一年でならすと890万円の消費支出があるというのだ。
流入人口が全て就労人口だと仮定してもおかしな話ではないだろうか。
いみじくも報告書にはこうある。委員会提出資料では50ページにあたる。
6 シミュレーション分析の結果のまとめ
今回のシミュレーションの結果を見ると、市民税5%減税を実施した場合における市内総生産(名目)、民間最終消費支出(名目)及び企業所得の今後10年間の伸び率は、いずれも市民税5%減税を実施しないと仮定した場合の伸び率を上回っている。
一般的に経済学上は、限界消費性向をcとした場合、政府支出乗数は1/(1−c)、減税乗数はc/(1−c)となるため、減税よりも政府支出の方が乗数効果が高い、すなわち経済の拡大に与える影響が大きいといわれているところであるが、今回のシミュレーションにおいて市民税5%減税を実施した場合の各指標の伸び率が実施しないと仮定した場合の伸び率を上回る結果となったのは、シミュレーション上の人口の社会増が要因の一つと考えられる。
すなわち、乗数効果は政府支出の方が大きいものの、市民税5%減税の実施に伴って市外から転入した者が市内において新たに消費を拡大させるため、その効果が乗数効果の差を相殺し、さらに各指標の伸び率を押し上げる要因になったものと考えられる。
当ブログでも幾度も訴えている、減税よりも政府支出(歳出)の方が経済効果は大きいという「正しい経済学」に準じた発言だ。
「正しい経済学」の「常識」で言うならば、減税よりも歳出した方が良い。
昨日の記事でも減税よりもたとえば敬老パス政策の方が経済効果が高いことが分かる。
しかし、今回のシミュレーションはそれを覆している。
常識を覆して、政府支出を削減し、それを減税に回せば市中の経済が活性化するというのだ。今までの経済学の常識を覆す結果だ!
まるで「細胞に刺激を与えると分化全能性を獲得する」としたSTAP細胞の話のようだ。
・・・ここで疑問。この報告書を書いた「三菱UFJリサーチ&コンサルティング」の研究員の方も、その報告を受けた名古屋市の「市民税5%減税検証プロジェクトチーム」の方も、経済学や財政論についての専門家の筈だ。検証プロジェクトチームには名古屋市の副市長、局長、副局長、監、部長と錚々たる人々が加わっている。
そんな人々が、この結果を見た時に「人口の増加ってそんなに効果が有る物なのか?」と誰も疑おうとはしなかったのだろうか?
例えばシミュレータで「人口は変動しないという条件で計算してみてくれませんか」と言わなかったのかな?(シミュレータってその為のものだと思うんですけどね)
報告書には「乗数効果は政府支出の方が大きいものの、(略)減税の実施に伴って市外から転入した者が(略)新たに消費を拡大させるため、その効果が乗数効果の差を相殺し、さらに各指標の伸び率を押し上げる要因になった」とある。
経済学の常識を覆す効果が人口増にあるというのである。ならばこのシミュレータで人口増を促す要因について信憑性があるのか、つまり、減税を実施することによる転入のインセンティブがどれほど実際の引っ越しを引き起こすものか、それこそがこのシミュレータの信頼性の基盤となるのではないか?
そんな指標があるのだろうか?
(河村流5%減税、つまり0.3%市民税が安いから、名古屋に移ってきました、なんてヒトを見た事も、そんな話を聞いたことも無い)
減税政策に拠る人口増への影響も信憑性に欠けるし、人口増による民間最終消費支出の伸びも信憑性に欠ける。そして、それらの不信な値を易々と受け入れる名古屋市の「市民税5%減税検証プロジェクトチーム」の方々への信憑性も疑わざるを得ない。
その信頼性の欠如の一端が、細かい事だが先ほどの「下一桁の験算」だ。
本気で検証しようとしたのだろうか。
もしもシミュレーションの結果が減税ネガティブであれば、それをそのまま提示するのが全体の奉仕者としての公務員の務めであり、矜持ではないのだろうか?
上司である市長に慮って、事実を曲げてしまえば、それは公務員として本当に仕えるべき市民に対する背信である。そしてその背信は公務員として務めてきた自分自身の人生に対する背信なのではないだろうか。
全体の奉仕者としての、公平公正に勤め上げてきた自分自身の人生を否定する行為ではないか。
数字は正直だ。
そしてこの数字は公表され、全国の人々が(いや、ひょっとすると国際的に)評価検証を受けることになるかしれない。ごまかしは効かない、その時「名古屋のSTAP細胞」などと言われる事が無いよう、本当の事を語って欲しい。
さて、百歩譲って1人人口が増えれば民間消費が800万から増えるとしましょう。千歩譲って、河村流5%減税を行えば名古屋に人口が流入するとしましょう。マンボ踊って、そのシミュレータの語ることを受け入れたとしましょう。
さて、それで良いのだろうか。
人口の流入によって、名古屋に10年間で1兆円からの経済効果があったとして、その人口というのはいったいどこから来たのだろうか?
つまり、それは北名古屋だとか春日井だとか日進などの名古屋市の周辺部という事になりはしないだろうか。または、震災復興で苦労する東北かも知れない。
そうした地域から、名古屋に人口が流入し、それによって名古屋市域の経済が活性化している、潤っている。そんな事を喜んでいて良いのだろうか。
ここ数十年の日本の経済政策は、いわゆる「引下げデモクラシー」と行き過ぎた「市場原理主義」過てる「新自由主義」によって縮小均衡のデフレ経済を現出させてきた。
それは Allegory of the long spoons で述べたあさましい地獄の亡者の姿さながらだ。
いま、周辺地域の富を奪って、名古屋市域の経済の活性を喜ぶものは、この「貧困の流出」を顧みない「地獄の亡者」である。
自分たちだけが良ければ良いというエゴイストの経済をいつまで名古屋市は続けるのだろうか。
追記(11月18日):
17日に行われた河村市長の定例記者会見。
後々、味わい深くなる発言が有りそうなのでバックアップとともにリンクを保存しておきます。
http://www.asahi.com/articles/CMTW1411182400002.html
河村市長 17日 苦しいがええ人生だった:朝日新聞デジタル
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