市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

204億円の幻想

 河村たかしの演説は面白いらしい。河村たかしの人気の秘訣は演説が面白いからだそうだ。なぜ演説が面白いかというと話が判り易いからだ。なぜ話が判り易いかというと、物事を単純に捉えて語ってくれるからなのだろう。
 いわく、「役人や政治家は既得権を抱えて自分たちだけの利益を守るために汲々としている」とか「やれ増税だ、やれややこしい規則を持ち出して話を誤魔化そうとしている」などなど。

 本当はそうじゃない。娯楽としてのトークやら、演芸であれば、そういう単純化も楽しいだろう。しかし、本当のお金が関わっていたり、生活が関わる政治の話であるならば、複雑な話もしなければならない。それは何も誤魔化したり煙にまいたりするためではなく、現実が充分複雑であるから、それを正確に言い表そうと誠実に努めるならばどうしても複雑になるのだろう。

 私自身も、このブログにおいては敢えて事実の一面を捉えてフレームアップしている。それは自覚している。それは、どうしたって現実の全てを言い表すことは限られた空間ではできやしないし、私とは別の方向で、圧倒的多数の偏向した言説が提示されているから。少しはバランスを取る必要があるのではないかという願いをこめて記述しているつもりだ。なので、ここに書かれたことが全ての事実などとは思わないでいただきたい。読まれた皆さんが自分の目や耳で確認して、皆さんの頭で判断していただきたい。
 そんな考えるきっかけに成れたら、私の作業も無駄ではなかったと思える。

 河村の物事の捉え方は非常に単純で。例えば彼は「プライスレース」を肯定する。商店や企業は顧客の為に価格競争をするべきだと訴えている。挙句の果ては、商店や企業における価格とは、行政にとっては税金、税額なので、行政を担う役人や政治家は、市民や国民の為にこの税金を安くしなければならない。商店や企業が行う「プライスレース」を行政も行うべきだ。というのが、河村が減税に固執する理論の軸という事になりそうだ。

 今日、河村を古くから知る人物と話していて。河村のこのプライスレースへの指向は昔から変わっていないのでは?という推測を述べられた。
 河村は一橋大学を出ると、東京にも名古屋にも就職をせずに実家の古紙回収業である河村商事に就職した。今で言う「就活」をしなかったそうだ。河村の父親は古紙回収業では名古屋市内の半分ほどを束ねる顔役だったそうで、業界内のルールを守って、業者間の共存共栄を図っていこうという意見を持っていたそうだ。また、母親もできた人物だったそうだが、河村への偏愛は大変なもので、下手な就職をするぐらいならば実家にいて欲しいという意向だったそうだ。

 やがて河村は仕事を手伝い、規模を拡大しようとした。そして価格競争に出ようとしたらしい。これに父親がストップをかけた。他の業者を差し置いて、長期的な展望もなく価格競争をすれば泥沼の消耗戦が始まるのは目に見えている。それでは業界も立ち行かなくなるし、自分が育てた会社自体も危うくなる。

 しかし、若い河村はこの父親の深謀遠慮が理解できずに家業に情熱を無くす。

 そういう経緯で中京法律学校に通い、司法試験を受け続けるという事になったそうだ。

 それ以降、司法試験も挫折して、政治家を志すようになり(ここでも、中途半端で他人を出し抜くような事をして春日から破門される)父親がなくなり、母親が家業を切り盛りしている間も、この母親はしっかりとされた方だったそうだ。

 その方は、今でも母親が生きていれば、河村もここまで無茶苦茶はしなかっただろうに。と言われていた。
 (ところで、林市議は元々大阪にお住まいだったですけど、河村市長とはご親族なんですかね?)

 河村にとって、価格競争、プライスレースで他人に勝つということはこの頃から一貫している態度なんですね。

 以前にも申しましたけど、プライスレースに参加する経営者って実は馬鹿ですよ。逆に「安売り」を打ち出していてもその実、しっかりと利益確保のノウハウを持っていますし、そもそもプライスレースには参加せずに、独自の付加価値で生きていこうと言うような経営者が多いのではないでしょうか?

 例えば、名古屋市の経営を考えた場合、10%減税を行って、それを成り立たせるどれほどの「利益確保のノウハウ」があったと言うのでしょうか?漠然と、総支出の1%をシーリングかければ実現可能だ。ぐらいにしか思っていなかったのではないですかね?
 財政の指標に「経常収支比率」という値があって、これが財政の硬直性、裏を返せば弾力性を表す値なのですが、これに当て嵌めた場合、その総支出の1%削減(シーリング)は、どの程度の弾性値を持っていたか試算したのでしょうかね?

 多分、こんな話をユニクロだとかニトリだとかの経営陣に聞かせたら笑われるでしょうね。


 河村は単純で判り易い話をするから人気があると申しましたが、私はここからややこしくて難しい話をします。人気なんぞどうでも良いからです。事実を摘出したい。その事実からしか政治の話はできないと思っているからです。



 以前「減税に対する単純で明白な3つの質問」という文章を書きました。この時、総務局が作成したと言われている非公式の「職員の総人件費削減について」なる文章があり、ここには人件費削減が204億円に達していると書かれていることを示しました。
 しかし、その当の総務局が公表している「名古屋市の職員給与・定員管理等の公表」と言う資料には、平成18年から22年にかけて、102億円(5.5%)の削減がなされていると明示されています。

追記:
「名古屋市の職員給与・定員管理等の公表 平成23年度版」



 更に財政局の「平成24年度予算編成方針」に人件費の削減努力が明記されており、そこに記された値とこの「204億円資料」の間の食違いも指摘しました。

 また「平成22年度行財政改革の取り組み」「平成23年度行財政改革の取り組み(修正後)」を参考資料として、「204億円資料」の根拠を探ってみました。

 それらを「職員給与削減に関わる各種資料の比較」
にまとめてみました。(PDFファイルですのでダウンロードしてご覧いただいた方が便利かもしれません。原版はA3版になっています)

 左側に「204億円資料」の項目を置き、それぞれに対応すると思われる財政局からのデータを突き合せて見ました。

 (ア)定員減に伴う人件費の削減については、23年取り組み額はおおよそ同じ金額が財政局の資料にも見れます。しかし、22年度の取り組み額については、削減額は盛り込まれているものの、それに伴って「派遣見直しに伴う定員化」の6億円が盛り込まれていません。

 (イ)人事委員会勧告に基づく給与改定については、前回の突合せで指摘を受けたように財政局の資料が一年ずつずれているのではないかと思われました。ですの、これについて直接財政局に問い合わせてみました。

 今回作成したPDFファイルで言うと、右の下になります。
 「財政局回答」ですが。人事委員会の勧告に伴う削減額は、22年度で23億円。更に諸手当等の見直しで43億円(B)を積上げたので、「収支不足への取り組み(別添2)」に示したように、「給与改定等」で66億円の削減実績があるとの事でした。
 同様に、23年においても人勧削減額は30億円で、その他で18億円(C)の削減をしているとの事です。
 ですので、(イ)の22年分として23億円、23年分としては30億円を算入する事としました。

 (ウ)、(オ)は根拠も実施年度も不明ですのでここでは算入しません。
 (エ)は、23年度の「その他人件費の見直し―管理職の給料」が対応していますので、これとして算入します。

 ということで、「204億円資料」に示された(ア+イ+エ)は根拠のある数字として加算してみると、合計金額は96億円となります。

 さらに、右の財政局が提示しているその他の削減努力数値の内、(A),(B),(C)を根拠のある数値として算入します。

 (A+B+C)の合計は92億円。

 (「平成23年度 行財政改革の取り組み」の定員の削減(21億円)と、「収支不足への取り組み(別添2)の定員の見直し、23年度(16億円)が食違っていると言うような問題はありますが)

 上の(ア+イ+エ)と(A+B+C)を全てあわせると、188億円になります。

 名古屋市の総人件費はおおよそ1,800億円ですので、188億円の削減努力は「200億円の人件費削減」とは言えないでしょうが「総人件費の一割の削減」と言えるのでしょうか?

 しかし、残念ながらそうは言えないと思います。財政局の「収支不足への取り組み(別添2)」の資料が、これらの金額を22年度、23年度に分けて記述しているように、これらの削減努力は2年間で行われたものです。ですから「総人件費の一割の削減」とはいえません。2年間の人件費であれば、分母はおおよそ3,600億円になりますから、「総人件費の5%の削減」ということになります。

 そうすると、奇しくも「名古屋市の職員給与・定員管理等の公表」で示された「5.5%」という数字に近いものになります。

 私は人件費削減が「行政改革」だとは思えません。

 行政は人によって賄われる作業なのですから、その基盤である人件費を削減することは行政サービスの質を必ず毀損する事になります。そういう意味では「行政サービスの質を低下させずに行政改革によって減税財源を確保する」という言葉が、職員人件費に向かうのは誤りであると考えています。

 また、最近、残業手当の3割カットという話題も出ていますが。こういった「プライスキャップ」こそ労務管理的に様々な弊害を生み出すことは労務をかじれば常識です。
 こういうカットをする場合は、逆に3割残業を生み出す原因を特定しなければなりません。そして、その原因を業務改善(制度の効率向上)でなくしていかなければ、単に「サービス残業」を生むか、業務の遅延を起こさせるだけです。

 河村の取り散らかした、「減税財源は確保した」であるとか「職員給与一割カットを実現した」という言葉は単純で分かり易い話です。しかし、それが本当かどうかを検証するにはこのように地味な数字を積上げていくしかありません。
 そして、河村の単純な言葉は市民の下に届いて、このような数字の羅列を追う人はほんの一部であろう事は理解できます。

 市民の誰もがこんな情報をここまで検証し、知ることはできません。

 で、あるからプロの議員が必要なのです。
 これらの有り方を見ても、河村の言うような(ジャクソン流の)「市議はボランティアで誰でもできる」などという言葉がまやかしであることがハッキリします。
(河村の著書、「減税論」とか「復興増税の罠」とかを読んで、その誤りに気付かずに納得しているようでは議員として資格がありません。あ、そんな事を書いている人も市長やら衆議院議員だったんだ!)

 ここでは、億単位の話をして、一千万円程度は「端数」として切り捨てたりしてみましたが、本当はこの金額の一円といえども、市民から預かった税金です。
 その金額で「朝三暮四」まがいの詐術を弄するとするならば、そのような者はまともな人間とは思えません。