市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

11月定例会初日

市長のための市会ではなく、市民のための名古屋市会を!-ちょんまげ 11月議会が始まりましたね。笑ってしまいますね。幾つか気付いた事を述べましょうか。本日の名古屋市会本会議、個人質問について、全部拝見したわけではありません。インターネット中継をあれこれやりながら見たり聞いたりしていただけなので、正確に捉えていない可能性もあります。

 まあ、まずふざけているのが、この議会に対するアプローチですね。
 またまた、会期中の23日に大挙して大阪にお出かけしているわけですね。

「大村・河村コンビ」が応援に(中日新聞 平成23年11月24日(木))

 前回の9月定例会においては期間中にわざわざ雁首揃えて街頭演説をするというので批判したわけですが、これについては「大雨に配慮して」中止したんですよね。
 けれどもその時に「月に一回はこうやって揃って街頭で政策を訴える」と言っていたのに、それ以降実施されていませんよね。本当に継続力がないね。
 思いつきだけの人なのに、その思いつきまでピンボケになってしまっては、価値がない。

 わざわざ100人とか、200人とか(バスが3台という人も居れば、4台という人もいる。まあ、どちらでもいい)で押しかけて、大阪でどのような扱いをされたかは知りませんが、意味があるのか。

 そんな事に時間を割く暇があるのならば、個人質問の内容をちゃんと精査すべきだ。

 11月定例会は河村自身が減税条例の可決が最重要課題で、ファイナルである。とまで言っているわけだ。そしてそれを個人質問、本会議と言う席上でアピールするわけなのだから、そういった意図にそった「質問」があるべきなのだろうに、そういった考慮は見られなかった。

 そもそも、減税市議の個人質問には戦略的観点が欠けている。「何の為にその質問をするのか」という意図がボケている。というよりも、明白に「無い」
 市民へのアピールという観点で、質問項目を詰めていないので、山田と松山の両市議が減税をテーマに質問をしてみても、結局漠然とした通り一遍の概念論に終始してしまうし、河村の答弁も今までの発言の枠を出ていない。(壊れたレコードプレーヤーになる)

 特に、山田市議の質問に対して河村は「市議も含めた行政改革の仕組みを考えていく」というような回答をしているわけだけれど、そもそも事業評価、事業仕分けから議会を排除したのが、今回問題になった内部評価であるわけで、今までの施策方針とは真っ向から矛盾する(河村自身も気が付いていないかもね)
 以前も指摘したが、山田市議は何かあるとすぐに「新しい仕組み(組織)を作りましょう」と結論を先送りする癖があるが、この質問と回答もそういったメンタリティに引きずられた結果であろうことは容易に推測できる。つまり、河村が山田程度に引きずられているのが実態なのか?
 すでに、市長となって3年。行革が最優先課題で、その為に減税をすると言っている人物が、今になって新たな仕組みを「考える」とは何事かね?
 本来であれば、アクションを起こしていて当たり前で、すでにその評価(チェック)のフェーズに入っていてもおかしくない時期であろうと思われる。そのような時期に、新たな仕組みを考えるということは、今のやり方に問題があると言っているに等しいではないか。

 つまり、山田市議の質問は、戦略的には減税政策やそれに対する河村の行政改革への実効性に対する懐疑を浮き出させる効果を持っている。

 あと3点山田市議の質問に指摘しましょうか。

 まず、1点目。行政に「横串を刺して」と言っていても、結局再編議論をするのであれば、「横串」とはいえない。全部局にまたがる行政効率の向上に繋がる施策が「横串」であって、部局をまたぐ中二階を作ることはいたずらに組織の歪を作るだけだ。
 そもそもその浜松のような例は大西副市長が進めようとしていた方向であって、その方針が誰によって潰れたか判っていない?
 全部局に渡って一つの方針で行政効率を上げる方法というのであれば、私は山田市議に直接説明しましたよね。例えば国においても行われているように参照されていないような制度、条例を見直すとか、ワークフローを追ってその間に流通する「紙」に着目すれば作業効率の改善ができるであろうとか。特に、市当局、議会を含めたワーキングチーム、そして、専門の委員会などを三本柱にして新設したら、これらの三者間で縦割りが発生するだろうと予言しておきましょう。
 2点目。山田市議は自分が早口だから発言を理解してもらえないと思っているのかも知れないが、実はそうではない。彼女の発言が判りにくい原因は早口ではなく「語尾を曖昧にする癖がある」から発言の趣旨が曖昧になって、趣旨が掴みにくいのである。
 この語尾を曖昧にすると言う癖は、明白な発言をして、直接的な反論を受けたくないという自己防衛から来ている。この癖は先にも言った、何か問題があると、その問題についてその場で結論を出さずに「何等かの別の仕組み(組織)を作って徹底的に議論しましょう」というような発言で「逃げる」事に繋がる。そして多分、この新設された仕組みや組織の中でも、議論が煮詰まり、結論を出すような段階になると「では、この結論は別の○○で徹底的に議論して・・・・・」ということになる。永遠に結論がでない。
 この結論先送りの考え方と、語尾を曖昧にする問題は、根は同じもので、それに対しては自身の精神的な成長を期すしかないだろう。そういう意味でもバッチを外した方が良い。

 3点目。上にも述べたような戦略的な目的に、あの「パネル」は役に立っているか?逆に、パネルに依存することで、言葉による説明がなおざりになっている。パネルを指すためにマイクから離れ、発言が聞き取れないと言うことが度々あった。パネルによって説明が不明瞭になるのであれば完全に本末転倒だろう。

 戦略的には、市議の質問に応えて、河村が「減税の必要性」「減税の実現性」について、今まで語られていなかったような新たな視点から主張をすることができて、その主張に一人でも多くの市民がうなずけば「減税」をテーマにファイナルと言ったこの議会に沿った質問になるのであって、パネルによる説明はそのイントロであるべきだろう。
 全然、意味がない。

 逆に、一度パネルを一切使わずに、説明「語り」だけで、論点を明確化する訓練をしたほうが良いだろう。

 さて、その初日の本会議を伝える「中日新聞」のウェッブにおける報道の方向性だが、どうだろうか?(これなど/どんどん、内容が入れ替わっていってしまうけれども)
 速報として取り上げられた話題が「名古屋城での結婚式」に河村市長が容認的であるという話題なんだな。この報道にしてこの市民、この市長。という事なのだろうか。

 同じ中里市議の質問の中でも、横井市議も11月22日のブログに取り上げているこの問題。大村知事などが要求しようとしている自動車関連減税によって、名古屋市の財政が80億円程度減収になる話の方が問題は大きく本質的なのではないだろうか。
 過去に河村は、大村知事のこの自動車関連の減税について肯定的な発言をしている。しかし、その政策によって市の財政が80億円減収すると言うことになれば、ただでさえ76億円の収支見通しが立たないところに追い討ちをかけることになる。

 大問題であるだろうに、それはほったらかしにして「名古屋城の結婚式」ですからね。