市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

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ジャクソン流民主主義にみる河村流民主主義の未来

 アンドリュー・ジャクソン、第7代アメリカ大統領。1829年3月〜1833年3月(11期)および、1833年3月〜1837年3月(12期)の2期に渡り大統領を務め、更に12期目の副大統領マーティン・ビューレンは続く13期(1837年3月〜1841年3月)の大統領となり、ジャクソンの政策を継承した。

 このジャクソン大統領の進めた政治手法を「ジャクソン流民主主義」と呼び、独特な含意を持って歴史の教訓としている。

 ジャクソン大統領の時代は西部開拓の時代であり、新大陸アメリカは西部開拓に沸き立っていた。ジャクソン自身、名を馳せたのはインディアン討伐と対英戦争においてであり、軍人として功績を残し、人々から賞賛を得た。・・・①

 米国北東部では工業が移殖され、西部では穀物農場が、南部では綿花栽培が拡大し、この綿花栽培は黒人奴隷の労働力によって成立していた。

 拡大する西部開拓地と南部の綿花栽培によって、当時アメリカ政府は輸出入による関税収入と、西部開拓地等の公有地売却代金、土地投機ブームに乗って、膨大な資金を得ていた。更に、各州はそれぞれ独立性を保ち、各州、各銀行が独自の銀行券を発行する事により、膨大な通貨供給が達成されていたが、その通貨供給を裏付ける富が新大陸に流れ込んでも居たのである。(新大陸と英国市場の金融工学がこの好景気を演出していたのは理解できるけれども、本稿では論点の拡散を怖れるので、敢えて英国の事情を無視する)・・・A

 その頃、西欧においては、民主主義の高まりから「男子普通選挙権」が導入され、新大陸においても、1824年には35万6千人であった選挙対象人口も、1840年には240万人に膨れ上がっていた。政治の大衆化のとば口に居たわけである。

 ジャクソンは貴族の出ではなく、軍における功績から人々の人気を博した。そして、1824年の大統領選挙において一位の得票数を得た。しかし決選投票でクレイとアダムスの政策協定に敗れた。

 この敗北がジャクソン及び彼の支持者に「庶民の候補が、東部の貴族連中の既得権を守ろうとする陰謀に敗れた」といったルサンチマンを形成し、以降の激烈な選挙運動に力を持たせる事となる。・・・②


 「首都の浄化」に取り組むと訴え、「ならず者を一掃しよう」とキャンペーンを繰り広げた。(しかし、ジャクソン自身も当時の東部政治家と同じ程度には汚れていたが)・・・③

 また、彼は恐ろしく無知で、まともな文章も書けなかったと言われている。・・・④

 彼にとってデモクラシーとは「多数決原理主義」そのもので、政治は勝つか負けるかの凶暴な争奪戦に成り下がる。・・・⑤
 その帰結が「スポイルズ・システム猟官制度)」と呼ばれた公職者任命制度で、公職者の任命権は支配政党の指導者が握り、党員に分配される。確かにこうすれば汚職はなくなるが行政としての一貫性もなくなる。そもそも政治が直接的に出世の道具、金儲けの道具となるわけで、いよいよ選挙運動が陰惨な様相を呈する。・・・⑥

 政治指導者は、これら猟官運動によって地位や職を得ようとするものの野心を利用し、自らの政治的地位、政治的支持を築く事となる。・・・⑦

 ここにおいて、政治には理念よりも利害が優先される。(自由競争原理を信奉するものにとっては一貫性があるのだろうか)

 ジャクソンはまた「政治は普通の人々で十分務まる」と大衆化しつつあった有権者の支持を広く集めた。・・・⑧

 ジャクソンは自由放任を支持した。中央政府の統制よりも、州政府の独自性を尊重した。・・・⑨
 また、中央銀行として機能していた「第二合衆国銀行」を嫌い、破産に追い込む。・・・⑩

 上記Aで記述したように、当時の財政は非常に潤っていた。1836年6月時の財政余剰金は、約5千万ドルに達していたといわれている。ジャクソンはこの余剰金を各州の選出議員数によって振り分ける。つまり、金を国中にばら撒く。もっと言うと「民のかまどを温め」たわけですわ、これが。・・・⑪

 さあ、我等が河村たかし名古屋市長と、比べてみましょうか。

 ① ジャクソンも河村も大衆的な人気に支えられていた。
 ② 議員の世襲制を批判する河村と、貴族を批判したジャクソン。
 ③ ジャクソンは「首都の浄化」河村は「議会一掃」「ここでしがらみで現職入れたらなんともなりませんよ!!」と既存の政治家を否定した。
 ④ 河村が司法試験に受からなかったのは論述ができなかったからだといわれている。確かに今に至るも文章は下手だ。逆に代議士時代、それも初期の頃の方がまだ丁寧な文章と言えた。最近の文章は自己撞着や矛盾も散見される酷い文章になっている。ゴーストライターに書かせているにしても、そのチェックすらしていないのかと思えてくる。
 ⑤ 「多数決原理主義」は河村だけではなく、河村周辺の人々にも散見される。幼稚そのものの「民主主義」の理解である。
 ⑥ リコール署名運動において、何人かの議会リコール署名収集者(受任者)は自らが市議にならんがために活動したのであって、そこに私利私欲が無かったと言うほうが無理があるだろう。21世紀における猟官運動そのものの姿ではないか。
 そして、今、その当時彼等自身が批判した議員たち以下の活動しかできていない。
 いったい、あのリコール運動とは本当になんだったのだろうか。
 ⑦ 猟官運動も私利私欲であれば減税も私利私欲である。これら私利私欲の肯定が荒っぽい自由主義とは結びつきやすい。
 ⑧ ジャクソンの中心ドグマである「政治は普通の人々で十分務まる」は、そのまま河村の言葉としても通用するだろう。
 ⑨ ジャクソンも河村も中央よりも地方。地域の独立性を謳った。
 ⑩ 「小さな政府」を指向して競争原理が社会のためであるとの認識に立つ。
 ⑪ そして、決定的な経済音痴。

 1820年と1998年の米国における一人当たりGDPの比較数値がほぼ22倍となっている。先に書いた5千万ドルにこの計算を当てはめると11億ドル。ざっと1$=100円で計算してみると1100億円を国中にばら撒いたわけだ。(当時の人口は1000万人程度と見積もられるから、一人に均すとなんと1万円!)

 まあ、この換算はどの程度あてになるかはわかりません。けれども財政余剰金5,000万ドルをその年の末にはすっからかんにしてみせているんですから凄いものです。

 また、土地の投機的取引を抑制するために、銀行券の排撃政策をとり硬貨主義を打ち出します。つまり、政府の公有地売却代金は銀行券では受け入れないと「正貨支払」に制限しました。

 さて、どうなったか。

 この正貨支払いと、余剰金の分配を地方に送るために、これらを取り扱う銀行は正貨か地方宛の為替を十分に確保しておかなければならなかった。これらの与信抑制作用のためにクレジット・クランチ、信用収縮が起こる。

 まあ、それまで各州の銀行が勝手に刷り出した銀行券が流動性を持たせてきたところに、突然実体のある正貨か為替を求められたんだから、回っていたメリーゴーランドを突然止めるようなもので、1837年。今から見ると「わざとやったんじゃない?」と思えるほど当たり前に恐慌が起き、経済が破綻します。

 ポピュリズムの限界というものでしょうね。経済理論の中身は多数決原理かもしれませんが、理論そのものの正誤は多数決での無理押しはできませんからね。

 さて、このジョンソンジャクソン流民主主義。政治の大衆化、庶民化は民主主義を推し進めた歴史的必然なのかもしれません。しかし、「公職者は誰でもできる」というのはやはり間違いで、民主的に、大衆の中から公職者を得るにしても、充分な選別を行わなければ政策の決定において大きな問題となります(予算書一つ読めないような人々が議会で予算を議決しようとしても無理ですからね)

 ですので、これらの反省を踏まえて19世紀アメリカでは「議会改革」が行われました。「議会」が充分に国民・市民の付託に応えて、行政のチェックとリードができるように。力を持ち活発化するように、議員報酬を高めたんです。議員報酬を高め、しっかりとした人々に行政のリーダーシップを持たせることが、混迷した社会においては必要だったのです。

 経済音痴河村に市長をやらせている名古屋の最もの不幸は次の一点にあります。

 つまり、震災により国内の社会的インフラが毀損し、円高によって輸出産業に偏重していた名古屋の経済が打撃を受けていることは明白です。ここでどのような政治家であれ、求める政策はケインズ財政出動です(笑ってしまう事に、リチャード・クーに意見も求めても、今の名古屋においては財政出動を勧める事でしょう)
 この状態においては、或いは市債を積み増す事になっても、積極的な財政出動と歳出の「増大」が必要な筈です。
 ところが名古屋市当局はこのような積極財政策を取る事ができません。
 何故か。

 減税政策があるからです。
 減税の為に市債発行残高を増やすことができないのです。

 そりゃあ、この財政出動と、行政改革努力によって「削減された歳出」を原資に減税をするというのであれば、市債発行と減税は別の政策として評価して両立させるのが論理的かもしれませんが、事実上できないわけです。(更に、財政出動までしている時に、歳出削減政策を同時に取るのは完全に分裂しています)

 この程度の議論ができなければ政令指定都市名古屋の市議なんぞできないでしょう。
 そんな烏合の衆が報酬800万円で安いからと、幾ら集まっても意味がありません。

 ジャクソンの様に膨大な財をみすみす失って、更に恐慌を引き起こす事だって考えられます。

 さあ、今日のこのアーティクル。
 実は、突っ込みどころがた〜くさん用意されているんだ。

 減税日本ゴヤの議員さんよ、悔しかったらかかってこんかい!

 明日は、実際のデータを手に入れたので800万円の市議報酬というのが如何に空理空論か論証してみます。

追記:
記述漏れがあった。ジャクソンと河村の共通点の⑫として、ジャクソンも法令無視の横車を押す傾向が指摘されていた。議会報告会を定めた条例を無視。議員報酬についての様々な規定を理解しないか故意に誤解したまま説明をする、リコール署名の取り扱いについても法の定めるその精神を理解しない河村の姿は、その没論理性においておよそ司法試験を受けたものとは思えない。