市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

「あなたはなにがしたいのか」に応えて

 10月14日の当ブログ「市民税10%減税の実現を求める請願、徹底検証」に興味深い投稿がなされたのでその投稿に応える形でいくつかの事を表明しておきたいと思います。

題名:あなたはなにがしたいのか
投稿者名:匿名
投稿日時:2011-10-16 23:18:24


以下、匿名氏の投稿文には行頭に “> ” を付加して引用とします。

> あなたがこうやって減税や市長を避難されているのは自由ですが、あなたのやりたいことは何でしょうか?

 そもそものこのブログの趣旨は最初の頃の記述を見ていただければ判るとおりに、「地域委員会」への懐疑から始まっています。顔見知りの区政協力委員の方が、「河村市長の進めようとしている地域委員会という制度は、聞けば聞くほどおかしな話で、あんなものを名古屋に導入したら、名古屋の地域自治はめちゃくちゃになる」と話されたのがきっかけでした。それ以降、自分でも総務省の資料等を見て、そこから得られるイメージが平成の大合併で消える町村の独自自治を、吸収した親自治体から少々は守るための、そういった後ろ向きのシステムであるのに、それをなぜ名古屋という大都市が導入しなければならないのかが判らない。という疑問から始まっています。
 それ以降、市議選等で「減税日本ゴヤ」が誕生したり、則竹元市議の費用弁償の供託資料が更新されていないのを質問してみたりと、河村市政全般に渡って疑問が積み上がっていますので、それらの疑問を疑問として提示しているだけですけど。何かおかしなところでもありますか?
> ただ単なる批判であれば次につながらない。
> それこそ勝手にほざいてろ。またうるさいやつがきたわ。という評価にしかなりません。

 というか、名古屋市政に興味をもたれていて、このブログを読んでいただいている方にはそこそこの評価をいただいております。具体的に変なとことがあったらご指摘いただければありがたいですけど。
 ただ、そんな人というのも圧倒的な少数派でしょうからね。コップの中の騒ぎでしかありません。
 ただ、批判は次に繋がらないという事はありませんよ。
 あなたは「批判の意味」を勘違いされていますが、それについては後に記述しましょう。
> または人を批判するだけ批判して
> いざ自分が責任ある立場についたときに同じように奇天烈なことをやるというのであれば、
> 今の減税や市長が過去にやってきたことと変わりないことを今あなたはしているわけです。違いますか?

 私が責任ある立場で奇天烈な事をしていますか?

 すいません、具体的にどのような事を指しておっしゃっているのか判りません。
 別にそんなに他人に胸を張れるような事もしていませんが、
 それほどの迷惑をかけるような事もやっていないと思います。

 なので、私のやっている事が減税(減税日本ゴヤの市議たちの事でしょうね)や市長が過去にやってきたことと変わらないと言われるのは、
 具体的にどのような事なのか判りません。
> あなたが責任ある立場に仮になったとしてもせいぜい減税の二番煎じにしかならないわけで
> あなたにまともなことができるとは通常の市民は思えません。

 現に私は私なりに「責任ある立場」になっております。
 そろそろ20年近くになります。そろそろ手仕舞いを考えていますが。
(職業のキャリアとしては30年以上です)

「通常の市民は思えません」というよりも、
あなたが思えないのでしょうが、なんとか成っております。お蔭様で。

あなたの論旨は、
まるで私が河村市長や減税日本ゴヤに成り代わって、
名古屋市政を運営してゆきたがっているかのように前提していますが、
そんな意思はありませんよ。

私は私のキャリアの中で、私の職責を、私の責任の下に粛々と進めております。

また、「あなたにまともなことができるとは通常の市民は思えません」という言葉については後にもう一度触れますので覚えておいてください。
> (それに減税や市長の代わりにあなたを支持する人がたくさんでるとは思えません)

こういった主観の押し付けは余り意味がありませんよね。
> 草の根的な展開といってもあなたと連携する人はどれだけいるのですか?
> おそらく100人いないんではないでしょうか?
> それではあなたが嫌っているネットワークの足下にも及ばないような気がします。
> 彼らはまがいなりにも委任者4万人のシステムを作り上げ、
> 嘘と疑惑であっても47万の署名をだましとることに成功したし、
> 実質36万5千の署名の結果を出した。これは容易にできることではないですよ。

 私が嫌っているのは「ネットワーク」とか「庶民連」とかといった漠然とした組織なんかではありません。
(あなたは、こういう漠然とした認識からお話をされるから現実から遊離するのです)

私が嫌いなのは、言った事がどんどん変わって行く市長であるとか、
市民に平気で嘘をつく市議であるとか、
自分たちが市民に呼びかけて集めた署名簿をぞんざいに扱って、署名した市民の心を踏みにじって流出させ、
そして流出した市民の不安を省みようともしない無責任な行動です。

「ヒト」そのものも好きとか嫌いの対象とも捉えません。(親からそう教育を受けました)
「ヒト」ではなく、「ヒトの行動」に対して、受け入れられるか受け入れられないかを判別しているつもりです。
(ただ、私は、私の親ほど立派では無いので、たまに「ヒト」そのものも受け入れがたく思います。
それが文章の端々に出ていれば、あの世で親から叱られる事でしょう。
けれども、そんな修行の足らない私でも、漠然とした団体を「嫌う」というような事はしませんね)

さて、で、そのご立派な団体が赫々たる成果を挙げたと仰いますが、
ここは完全に現状認識に隔たりがあります。

ちょっとした思考実験をしてください。
河村市長誕生以降、この世にテレビが無かったら、
あのリコール署名は成立したでしょうかね?

テレビ芸人「河村たかし」の人気にあやかった、
単なるマス・メディア社会におけるプレビシットでしかありません。
私の評価はそんなものです。
> そして、選挙で大勝し、過半数ではないが28名の議員も獲得してしまった。

これは、事実ですからその通りだと思います。
これが問題であるという意識は持っています。
> あなたはそれを阻止するべきではなかったんじゃないですか?なにもしないで今、
> 騒いでもあとの祭りではないですか?市長再選、28名の議員を阻止できなかったあなたには責任はないのですか?

無いですね。
「責任」?とはなんでしょうかね?

また、「阻止すべき」といわれますが、そんな立場には居ませんでしたし、
先に述べたように
今の、圧倒的多数の名古屋市民が、この名古屋市政の問題を認識していないのと同様に、
私も名古屋市政の問題について認識していませんでした。

たまたま目の前で、
言う事がころころ変わるいい加減な奴が市長をやっている事が判り、
市議ともあろう者と電話で話していれば、丸っきりの嘘を言われ。
自分たちが集めた署名簿が流出しようが、署名者が困ろうが一切責任を感じない人物が偉そうに市政を語ったりするという光景に出くわしただけです。

こんな醜悪な情景に出くわせば、
声を荒げて「いい加減にしろ!」と一言ぐらい言うでしょう。
> あなたは減税一味を追いやるだけの結果は出せるのですか?

さあ?
どうなんでしょうね?
そもそも私の責任範囲外なので知りません。
> あなたのいう困ったちゃん連中から一人ぼっちで困ったちゃん扱いされているだけではないのですか?

そうかも知れませんね。
ただ、「困ったちゃん」から受け入れられないというのは、
私もまだそこそこ「まともな世界」に足を置いているのだなと、
安心になります。
> あなたは市民にいったいなにをしてくれるのですか?それが聞きたい。

何もお約束はできませんし、しませんよ。

これもおかしな話でね。
市長は、70項目以上の公約を2009年マニフェストで掲げていますね。
減税日本ゴヤの市議たちは所謂3大公約と明文化はされていないかも知れませんが、口を開けば「開かれた市議会」だとか「市民目線の議員」なんて事も言っていましたよね。

彼等は自分の自由意志において、市民と約束したのだから、それを守る義務があるでしょう。
または、守らないというのであれば、守らないと明言すべきですね。

私は別に何も市民に約束なんぞしていませんよ。
(せいぜい、近々済藤実咲市議の文章を、
皮肉いっぱいに添削指導するってぐらいでしょう、約束)
> 批判に次ぐ批判は減税一味でもうこりごりです。

ここで、「批判の意味」をお教えしましょう。

この世から「批判」が無くなったら、一切の文明は成立しません。

たとえば、機械製品。これは出荷前チェックという「批判」に晒されなければ責任ある製品として出荷されません。
たとえば、建築物。これも各工程でチェックを受けて、施主に納品されます。
文章においても校正されていない文章など、金を払って読みたいとも思えませんし、
食品も味見というチェックや衛生検査というチェックを受けます。

これらチェックというのは全て「批判」です。

「批判」は確かに何も作りません。

しかし、批判無しに作られるようなものは、
何も作らないよりも害悪を振りまきます。

何も作らないのなら、何も起きないのですからね。

文明社会で害悪を及ぼすものは(自然以外は)
このようなチェック/批判が甘いまま生成されたものです。

あなたが高校生程度で「批判をこりごり」と思っているのなら、
社会は批判によって厳しくチェックされて成り立っているんだよ。
と、申し上げましょう。

もし、あなたがいっぱしの大人で、
こんな甘えた台詞を言っているのなら。
・・・ねえ、言葉がありません。
> いずれにせよ彼らは選挙という合法的な手段で戦争に勝利した。
> 旧態の人たちは石田氏を担いで全面戦争に突入したものの瞬時に抹殺された。
> その結果、困ったちゃん連中のやりたい放題になった。

合法的(一部に違法性を感じますがね/公職選挙法は当選者に甘いので)ではあろうと、
道義的にはいかがでしょうかね。

また、「旧態の人たち」?

ちょっと、現実認識をもう少し厳密にしなければ。
会話が成り立ちません。申し訳ない。
> 一番にいいたいことだけど
> 戦争に負けるとはこういうことですよ。

どういうことなんでしょうな?
全然判りませんが。

なんだか、あなたは私をこの「旧態の人たち」の「生き残り」か何かに想定したがっているように思うのですが、
違いますよ。
確かに、河村市長誕生時に、その問題点を悟られた慧眼の持ち主とか、
それ以降の議会の対立やらリコール署名運動などにおいて、今にして思えば正解の対策を考案された方々の話は伺いましたし、
このブログでも取り上げていますが。
私自身は、上記に書いたように、

ある意味ノンポリ(古い表現)だった単なる一市民ですからね。
> まずそれをかみしめるべきではないのですか?
> 少なくともあと1年半は彼らあなたのいう困ったちゃんが大手を振って歩くでしょう。
> それでも文句は言えません。合法的に得た結果ですから。

文句は言えますな。
確かに、庶民連(もう、正式名称も使わない、どうせデムパだから)のヒトの中に、
「多数決が全てだ、私たちは多数を取ったんだから少数派の事なんか考えなくてもよい」とのたまった方が居ましたが。

民主主義というものの根本を取り違えていますね。
民主主義において、もっとも考慮すべきは「マイノリティ」ですよ。
マジョリティは黙っていても多数決で政策が進められるのですから。

マイノリティにこそ配慮をしないとバックラッシュが発生する。
それを文明社会は味わってきたから、民主主義において、
決定は多数決で決しても、マイノリティに配慮する事を忘れないように教育するわけです。
およそ、中学校か、小学校において。

まあ、そういう教育の機会が得られなかった方も居るでしょうから仕方が無いですけどね。

そして、何時だって、どういう機会だって文句は言えるし、
批判は可能ですよ。
(そりゃ、勿論。言論の自由だといったところで、
諸法令には準じての範囲ですけどね)

さて、とりあえず丁寧に、そしてそこそこ論理立ててご批判に応えたと思うのですが。
先ほど言われたような「あなたにまともなことができるとは通常の市民は思えません」という評価は少しは変えていただけますでしょうかね?

物事の評価は(このブログの評価も)、こういったチェック/批判への耐性を潜り抜けてしか得られませんからね。