市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

河村たかし 「減税論」

 昨日ご報告した、明日(5月28日)開催の
「勝手に市政勉強会」@守山生涯学習センター」のネタに。

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 マイケル・サンデル氏の「これからの「正義」の話をしよう」を見直した。震災を受けて、地域の課題もつみあがってゆく中で、新自由主義を乗り越えて「新しい公共」を形作ってゆくためには、このようなコミュニタリティへの同意が必要となってゆくだろう。そんな事も話せればいいなと、思えた。

 おっと。ここでご報告。明日の守山生涯学習センターの会合。17:00頃から現地にはおります。第7会議室で「ぼーっと」している予定ですので、お暇な方はお越しください。地図にあるようにゆとりーとライン「守山」駅か、瀬戸線二十軒家駅瀬戸線守山自衛隊前駅から直ぐですから。他の地域の方々も歓迎です。参加は自由です。

 と、同時に。買ったまま放置してあった河村市長の「減税論」も読んでおこうかとパラパラとめくってみた。

 別に、買わなくて良いよ。ためになる本ではないから。経済や地方自治のお勉強をされている人なら、読んで「間違い探しゲーム」のネタにはなるよ。


 読んでいて、おかしなところばかりでてきたので、そういったところに付箋を貼ってみたら、付箋だらけになった。おおよそ35ヶ所。150ページ程度の新書で35ヶ所というのは、中々「内容が濃い」

この中で気になることが

1.名古屋市は市民税を10%減税したために、これまで外郭団体と随意契約していた82事業114億円を、平成25年までに民間にも参入できるように開放した」(47ページ)

 随意契約一般競争入札化って、平成18年にも実績があって、河村市政の前からのトレンドですよね。別に河村市長の打ち出した方針とも思えない。

2.「減税を掲げるときに大事なことは、権限のある市長(首長)が、しっかりとした数値目標を出すこと。そして「みなさん協力してください」と行政側の人間の力を大いに借りることだ」(74ページ)

 河村市長が減税のために打ち出した行政改革のための具体的な「数値目標」というのを聞いた事がないのです。この本にも具体的に何のことか触れられていません。いったい何時打ち出された、どのような「目標」であるのか、ご存知の方が居たら教えていただけませんか?

3.92ページの「中小企業を盛り上げる秘策」として、中小商工業主に設備投資資金の半額を補助金として出そうというものがある。自己資金と同額程度として、自己資金一千万円の場合は、一千万円まで補助しようというものだ。このような業者が市内に一万ほどあるとすると、全体で1000億円をばら撒くということになる。なんとなく、読んでいて「新銀行東京」を連想してしまった。
 それは置くとして、この制度の審査主体を「地域委員会」に任せようと言うのだ。一万件×1000万円の補助金の審査を、各学区の「地域委員会」にゆだねる。市内に265学区あるから、だいたい1つの「地域委員会」で40件の審査対象が遡上に載せられる。
 今の制度設計では、「地域委員会」が市民や地域住民はおろか、市当局や市議会の監視を離れ、市長の恣意的な機関になってしまうという事は指摘しておいた。(地域委員会のモデル実施内容の検証「提言書」を受けて。)そこに一地区で4億円の補助金事業。名古屋市で総額1000億円の掴み取り。名古屋市が相当に荒れそうな予感がヒシヒシとして来ます。

4.145ページ「補助金から寄付金へ」と題されたセクションで。「市民税の控除対象寄付」について触れている。「わしは補助金の代わりに、寄付金による社会・公共サービスの充実、言うなれば税金の民営化を提案している」「『公益寄付』に対して優遇税制を行い、アメリカやイギリスは公共的なお金を増やした」「仮に、名古屋市の265学区で、みんなが今回の減税分を寄付したとしよう。そうすれば、1学区当たり約8000万円という大きなお金が集まる。この各学区のマチで集まったお金で、地域に必要な公共サービスを行えば、雇用も発生し、ひと味違うかたちでの経済の活性化にもつながる。市民税10%減税による経済効果は薄いとも言われているが、こうした使い道もある」(「減税による経済効果は薄い」この本の面白いところは、ちょくちょくこういった「正気の本音」とでもいう言葉が垣間見えることだ。第一章でも散々「国債は財産」と言っておいて、34ページで「赤字を埋めるためだけに国債を発行するのはよくない」と突然「正気」に戻って見せている)

 と、いうような枝葉末節というか、自己矛盾は置くにしても、この立論に河村市長の過ちが見て取れる。彼は「税の所得再分配機能」をまったく理解していないか、否定している。今、名古屋は河村市政の下、めでたく地方交付税交付金団体となった。成り下がった。つまり、名古屋ほど豊かな産業に恵まれて、人口も豊富な地方自治体が、他の産業も衰退し、人口も減少し、更に高齢化も進展しつつある地方に行くべき分配金(=交付税交付金)を受けとってしまっているのだ。
 この実態を河村市長は「なにいっとりゃあす、あの金は元々名古屋の市民が国税という形で国に納めたものを、返してもらっとるだけだぎゃあ」などと言っている。しかし、名古屋が受け取らなければ、そして今までは受け取っていなかったわけだが。そのお金は困窮している地方に分配されたお金かも知れないのだ。

 上の例でもそうで。減税を受けた金額を各区で持ち寄って使うとすれば豊かな地域は豊富な予算が集まることだろうが、貧しい地区は何等恩恵を受けることができない。実際に、税金として集められたお金で、いまもっとも使われているのが社会福祉の費用となるのだろう。つまり、高齢者福祉の費用だ。この高齢者の中には年金生活者が多いことだろう、そして、その年金生活者は市民税を納めないから、当然のことに「減税」の恩恵は受けない(収めていない市民税は受け取れない)となると、高齢者が多く住む地区というのは、もっとも篤く予算配分されるべきであろうにそれが受け取れなくなる。

 そもそも「地域委員会」というのは「つくしんぼう」と市長は言うが、様々な建物から人々が居なくなりった廃墟に生えた「つくしんぼう」ペンペン草の類なのだ。
 総務省の合併推進の中で、吸収された限界地域の、それでもギリギリの地域自治を守る措置が「地域委員会」であり、予算枠が予め決められ、執行責任もかぶせられてくる。こんな制度は大都市には要らない。
 3の措置がもしも現実化したら、各地域で掴み金の取り合いが始まる(「新銀行東京」の体たらくをみればわかる)4の措置が現実化したら地域間で取り返せない格差が広がる。

 河村市長というのは「敵」を想定し、そこに人々の怒りを向けることが得意なアジテーターだ。この本もその性格が良く出ている。しかし、「地域」で必要なのは、こういった過てる「自立」「自己責任論」ではなく、「共生」であり、「共助」の精神なのである。河村式の恨み合いの政治は、もうリコール運動と「減税日本ゴヤ」の成立で充分だ。

 最後に。152ページの「本音」を引用させていただこう。

 「わしはずっと総理大臣になってこの国を変えたいと思って政治に携わってきた。名古屋で革命を起こし、次は日本の革命につなげようという思いは、いまでも変わっていない。そうなったときの初めての政策は消費税率の1%引き下げだ」

 国債は借金じゃないんだったら、1%なんてケチな事は言わずに。消費税の全廃、日本銀行印刷機をフル稼働。ぐらい言ってみればいい。