最初の2つの落とし穴ー「名古屋城・天守木造復元の落とし穴」より
毛利和雄さんの新刊「名古屋城・天守木造復元の落とし穴」のご紹介として同書の一部をひいて私なりの解説*1を加えてみる。
同書の「1.天守木造復元計画はこうして始まった」の最初のセクションで「河村市長、初当選直後に天守木造復元宣言」とあって、さも河村市長が名古屋市長就任当初から「天守木造復元」を進めていたように受け止められるが、市長選マニフェストには木造化は掲げられておらず、逆に本丸御殿再建についても否定的だったことはすでに述べた。
しかし確認してみると、確かに市長就任直後に「天守木造復元」を口にしている様子がうかがえるし、本丸御殿復元については、今ではまるで自分の成果のようにも話している。
2009年の市長就任、2010年の名古屋市議会リコールからの「減税日本ナゴヤ」の誕生を挟んで、2013年4月に河村市長の三選(二期目)、5月には本丸御殿の第一期工事完了。
そして2014年6月27日の本会議で減税日本ナゴヤのY市議(すでに引退しているのでここでは氏名を控える)が「ここで、私を含め名古屋市民の皆様にとって衝撃的な事実があるのですが、今後、名古屋城の再建をするに当たって、文化庁は、史実と異なる鉄骨鉄筋コンクリートでは建てかえができないと見解を示しています。したがって、名古屋市民が木造再建をしないと選択したと仮定すると、耐震改修など29億円かけて行ったとしても、40年後にはコンクリートでは再建できないので、名古屋の象徴とも言える天守閣はなくなり、石垣だけになってしまうということになります。」と主張する。
その後、委員会のやり取りなどでY市議がこの「文化庁の見解」をどのように入手したかについては、河村市長から聞いた伝聞であるらしいと判明するが、名古屋市は2015年6月17日の市議会経済水道委員会に提出した資料に、こうした「文化庁の見解」を元に論点の整理を行っている。
(1)現鉄筋コンクリート天守は「再建から55年経ち、老朽化が進行している」し、(2)「耐震性能が現行の基準に合わない」(3)「耐震改修した場合でも概ね四〇年の寿命」しかない、(4)「再建する場合は文化庁の見解として、木造復元に限られる」(略)いずれかの時期には木造復元が必要になる。そこで、「可能な限り早期の木造復元」か、「耐震改修し概ね四〇年後の木造復元」かについて検討した、とされた。
(「名古屋城・天守木造復元の落とし穴」pp.21)
つまり、現存天守の維持、耐震改修については議論の対象とせず、今すぐ木造復元を行うのか(つまり、ここには現存天守の取り壊しも含意されているはずだが、そうした文化的議論は考慮されていない)、将来的な木造復元を行うのかという子ども騙しの二択が用意されているのだ。
こうした歪んだ議論の進め方がされていた。
大きく嘘が2つある。1つは建替えにおいては木造化以外認められないという「文化庁の見解」と現存する鉄筋コンクリート天守については「耐震改修した場合でも概ね四〇年の寿命」しかないという嘘だ。
当局側があらためて文化庁に確かめたとして示した見解(2015年6月22日)
・天守の再建については、整備主体である地元の自治体がどのような整備を行うか考えることが第一
・その上で、天守を復元する場合は、原則として材料等は同時代のものを踏襲する必要があるが、それ以外の可能性を排除するものではない
・名古屋城天守閣については、往時の資料が十分そろっていることを踏まえると、いわゆる復元検討委員会(文化庁が歴史的建造物の復元に関し、その規模・構造・形式等の妥当性を審査するために設けている有識者会議ー著者)において木造によるでき得る限り史実に忠実な復元をすべきとの意見が出される可能性が極めて高いと考えられる。
(「名古屋城・天守木造復元の落とし穴」pp.26)
この「文化庁の見解」に対する7月6日河村市長記者会見。
www.city.nagoya.jp
名古屋城天守閣について、文化庁の見解ですけれど/2段に分かれておりまして、まず1つは、/やっぱり市が決めてちょうだいよと。
もう1つは、日本中のお城についてですよ。/木造でやりたいところもあるだろうし、木造以外でやりたいところもありますけれど、その、それぞれの可能性は排除しないと。
しかし、こと名古屋城についてはと。/昔からの資料がきちっと残されとるので、木造によって復元しないといかんよという意見が出ることは、その可能性は極めて高いというふうに言ったと、言われたということは、わしも何べんも確認しておりますし。
もう2年か3年ぐらい前に文化庁に話をしまして、/だから、これはもう木造ということになるんですよ。
こうした河村市長の主張について、幅広い人脈を持っている毛利さんならではの報告が続く。ちょっと長いが引用を続ける。
この記者会見でも、文化庁の見解は誰が示したものなのかと記者から質問が出たが、河村市長は言葉を濁して答えていない。この時以降、折りにふれ「文化庁のえらいさんが―――と説明いただいている。ご理解いただいている」などと発言することがあるが、それが誰の発言か言明しないのが常である。
私も疑問に思い、文化庁で史跡の現状変更などを担当する記念物課史跡部門の佐藤正知主任文化財調査官(当時)に確かめてみた。佐藤氏は、「天守木造化に関して申請を受けてはいないし、耐震補強もあるわけだから建て替えを前提とした回答ではない。いまの段階では文化庁はニュートラルだ」との回答を得た。そう理解していたのだが、その後、名古屋市は上記の見解を「文化庁長官の見解」と説明しだした。
そこで、当時文化庁長官であった青柳正規氏に電話で確かめてみた。確かめたのは五年もたってからのことであったが、青柳氏は、「記憶にない」とのことであった。そこで、上述した文化庁見解なるものの全文を読み上げて聞いてもらったが、「それは文化庁長官が直接言うような内容ではないなぁ」とのことであった。
そこであらためて名古屋市に確かめたところ、「上記見解は青柳長官に目をとおしてもらっているとの文化庁からの説明だった」との答えであった。
いずれにしても上記の文化庁見解なるものは、文化庁が文書で出したものではないし、河村市長がしばしば言及する「文化庁のえらいさんから天守木造化に期待している」と言われたという裏付けになるものではない。
(「名古屋城・天守木造復元の落とし穴」pp.28)
つまり「文化庁の見解」について毛利さんの情報網では、裏が取れていない。また市議会などが文化庁に問い合わせても同様で、常識的に考えても、申請もされていない個別案件に、中央省庁やその長が不用意に、事前の見解を表明するなど(この批判されるほど強固な縦割り官僚制の中で)有り得る話ではない。
私としては、文化庁の上層部の誰かが何かの折に、社交辞令で元国会議員の河村たかしに「名古屋城木造化、すばらしいですね」ぐらい言われたことを「文化庁のお偉いさんが木造化を期待している」と解釈している。あるいは「意図して誤解している」のかもしれないが、もうこれは「嘘を言っている」に等し。
さて、もう一つの「嘘」である「耐震改修した場合でも概ね四〇年の寿命」については。
「財務省が定めた減価償却資産の耐用年数を参考にした」(「名古屋城・天守木造復元の落とし穴」pp.23)にすぎないとの見解である。
「寿命をさらに延長できることを、文化庁も2020年に『鉄筋コンクリート造天守等の老朽化への対応について』の中で取りまとめている。
したがって、この調査結果(名古屋市当局の報告:引用者注)の妥当性には疑問が残る」(「名古屋城・天守木造復元の落とし穴」pp.23)
この文化庁の取りまとめについては、
当ブログも度々参考にさせていただいている。
また、同書では173ページからも詳細に語られている。
さて、まだたった20ページ程度を参照しただけだが、これほどの深みと独自性がある書籍は貴重だ。
そして改めて、議論の基礎となるべき「文化庁見解」や「現天守の寿命」について歪んだ起点をもつこの計画が、現在のように「落とし穴」に嵌っていくのは必然であるとも言える。
現在、一般の関心は「バリアフリー問題」となっているようだが、同書ではもっと本質的な、そして深刻な課題も取り上げられている。
7月1日に新泉社より発刊された毛利和雄さんの新著「名古屋城・天守木造復元の落とし穴」
どうぞ御覧ください。
*1:余計な一言