市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

嘘をばら撒けば本当になるのか?

ウンザリするほどの嘘がまかり通っており、そのウソを肩書で押し通そうとする者たちもいる。しかし、ウソはウソだ。

当ブログでは当初より「肩書に左右されるな」と、一休宗純の有名な噺「袈裟」を引いて紹介している。

法話「袈裟」: 臨済・黄檗 禅の公式サイト

肩書をひけらかしながら無知をさらけ出す者はまた面白い。

「名古屋城 天守閣木造復元イメージCG」 を見てちょう!!北口雅章法律事務所 / 弁護士のブログ

こういったサイトがある。
あまり、発言に信憑性のない人物の電話を真に受けない事だ。

何か追記があり

*追記(平成30年6月8日):私も誤解していたし,障害者の方々の中には誤解されている方もあろうかと思いますので,参考までに付記しておきますと,天守閣は,機能的には,ただの「武器庫」で,お殿様のお住まいは,あくまで「本丸御殿」だそうです


ひとの心配よりも、自分が無知に無知を重ねている事を自覚すべきだろう。
「本丸御殿」は「お殿様のお住まい」だったのだろうか?

名古屋城の歴史に通じている人々なら、「本丸御殿」が義直の為に作られはしたが、4年ほどで使われなくなっていることぐらい常識だ。

そもそも名古屋城天守を「住居」と思っていたのであれば、相当に深刻だ。

追記:
これはつまり
天守閣」*1は住居ではなく「武器庫」*2であったのだから、居住性は悪い。そうした建物にバリアフリーを求めるのは間違っている。とでも言いたいのだろうか?
確かに慶長の構造では居住性など無いに等しい。トイレもない。
しかし、そんな建築物に、では年間360万人を迎え入れるという計画は間違っていないのだろうか?
傾斜が55°を超え、蹴上がり高も30cmを超えるような階段(梯子だ)を不特定多数の観光客が上り下りする。この危険性をどう認識しているのだろうか?
城郭建築の効果は外観だけで十分だ。実際尾張藩主ですら天守などろくに入ってはいない。天守というものは聳えるものであって、その中で遊ぶものではないのだ。と、するならば、外観を復元し(メンテナンスも安価につくコンクリートで復元し)内部を現代的な設備を備えた建物として、博物館機能を持たせるという考え方は優れている。それだけに、そこここで見られる形式なのではないのだろうか。

これもいただけない。

尾張藩士・奧村得義らが藩命により名古屋城の構造・詳細設計を記録した「金城温古録」,国宝建造物の詳細調査に「昭和実測図」(内部断面図・平面図・)計309枚に加え,名古屋市が昭和15年から,建造物外観・内覧状況,及び本丸御殿障壁画等を対象として撮影した写真700枚以上に基づいて,ほぼ完全な復元が可能であることは,「名古屋城天守閣PRビデオ」から理解した。

これは全くの誤りである。

追記:
弁護士であるなら「『名古屋城天守閣PRビデオ』から理解した」などと言っていないで、せめて「昭和実測図」にぐらいあたってみてはいかがだろうか。原資料に手を伸ばせば届くのに、それを確かめもせずに、伝聞から思い込みを強化してみたり、他人にとやかく言う態度を思想膿漏という。

有識者においても「ほぼ完全な復元が可能」などと言っているものはいない。三浦さんや麓さんだって言っていない。

竹中工務店は1月28日のシンポジウムの席上、この御仁も引用している「写真」から、内壁の割れ目から覗いている板の構造から、内部構造がそれまでの推測と異なっていたことを発表している。

追記:天守壁面は土壁になっている。土壁は竹や板などで下地”小舞竹”を形成する。名古屋城天守において、この構造はどうなっているのか。それを承知している者がいるのだろうか?それは「完全な復元が可能」なのだろうか?

「金城温古録」と「昭和実測図」には、相互に矛盾した記述もあり、また、そもそも「内部構造図」はないのだ。

建物は「内覧状況」では建たない。

http://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/20_etsuran/cat07/

内部詳細図といっても、この程度だ。

http://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/20_etsuran/cat07/B0773200.html

(くどいようだが、内部構造と内部詳細は違う!)

例えば、岐阜県高山市に行くと「飛騨の匠の千鳥格子」というものを目にすることができる。

飛騨匠の建具職人 - 飛騨組子「千鳥格子」 わにくらふと

慶長期は日本の木造建築が絶頂となった時期であると言われている。

知れば知るほど奥が深い組木に世界が大注目。その魅力を大公開! | Hidakuma

当時の匠がどのような構造で天守櫓を組み上げたのか、それは第二次世界大戦の戦火で失われてしまったのであり、我々は我々の技術から推測する以外にないのだ。
それを

「建造物外観・内覧状況,及び本丸御殿障壁画等を対象として撮影した写真700枚以上に基づいて,ほぼ完全な復元が可能である」と断言することは、日本の木造建築の歴史を矮小化するものであり、傲慢極まりない視野狭窄という以外無い。

もう一度強調しておく。

「金城温古録」と「昭和実測図」には、内部構造図はない。
あるわけがない、内部構造図を作るためには、一度分解してみなければ描けない。

「金城温古録」は内部状況をスケッチしたものであり、「昭和実測図」はそれ以上に詳細ではあっても、当時国宝だった建築物を分解してまで調査することはできなかった。

これは、河村市長が市長選の際、JCの主催した候補者討論会において「内部構造図はない」という対立候補の発言を否定し、「内部構造図はある」と断言したものだが、あるのなら出してみればいい。この閲覧サービスに提示すべきだろう。

追記:
この話題はこのブログでたびたび繰り返しているが、私自身がこの耳で聞いた「嘘」「河村たかし市長候補の嘘」なのだから、強調しておく。

河村たかし市長選挙における候補者討論会で「嘘」を述べた。

虚偽発言で無いというのであれば、名古屋城天守建物の「内部構造図」を示して見せよ!

そして、この討論会にはマスコミ数社も立ち会っていた筈だ。
こんな明白な虚偽発言を一社も報道しないというのはどういう事だろうか。

和釘という話題もある。

和釘の作り方 | 三条鍛冶道場


そもそも

バリアフリーについて,「合理的な配慮」を志向しているものの,
なかなか障害者団体の理解を得るための道程(みちのり)は,嶮(けわ)しそう。

とはなにか?

河村市長は「合理的な配慮」をしているのに、それを理解していない「障害者団体」が頑なだとでも言いたいのだろうか?

はしご車を常設するとか、ドローンで運ぶとか(それはいいけど、どこから入るの?)が「合理的な配慮」なのだろうか。


そして何よりこの6月名古屋市議会において、木造化される天守建物には外階段がないとされている。つまり、2方向避難路が確立されていないようなのだ。(何分、情報公開が満足にされていないので委員会答弁を理解する以外にない。それが決定仕様である根拠はない)

追記:
これは明白に法に反している(建築基準法施行令第121条)法に反している以上に人命を軽視する判断だ。

公共建造物、それも3000人からの不特定多数の観光客が来場、滞留する建造物に「2方向避難路」が無い。これを問題にしなくて「弁護士」とかいって恥ずかしくないのだろうか?

「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」
(弁護士法第一条)



公開質問状にでも仕立てようと思ったけど、「袈裟」の教えに従って、匿名なままの批判&嘲笑におさめておく。

*1:そもそも「閣」を使っている時点で間違っている。すでに当ブログでは指摘している

*2:この解釈もいい加減なものだ