市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

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体現帝国「実験演劇[無限劇の扉]/石を狙え」

久しぶりの投稿となります。
名古屋市政については、ある意味停滞、ある意味安全運航が続いているなという印象です。

The Economist 2026/4/1

"The Economist"が4月に現在の米中関係(というかトランプ政権の迷走を取り上げ)
"NEVER INTERRUPT YOUR ENAMY WHEN HE'S MAKING A MISTAKE"とのナポレオンの名言を引いていましたが、まさにそんな感じ。しばらくは様子を伺うことにします。
今のところ私が口を出さないほうがよい。

このブログについても大きく方向性を変えようとも考えています。

そんな中、早急に皆さんにご紹介したい出来事があり、急遽更新をしています。

当ブログで度々取り上げている、劇団「体現帝国」

ichi-nagoyajin.hatenablog.com

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劇団「体現帝国」が5月2日(土)、3日(日)、9日(土)、10日(日)と、内田橋の「体現帝国館」で「実験演劇[無限劇の扉]/石を狙え」を上演します。

この作品のゲネプロにお招きいただいて、一足先に拝見しました。

非常に面白い試みです。

今回の「実験演劇[無限劇の扉]/石を狙え」は前回の『見えない青髭公の城』や、そのまた前の『奴婢訓』などの「本公演」とは異なり、「無限劇の扉」の枠内で上演されるものとなっています。『青髭』や『奴婢訓』は「体現帝国本公演」であり、演劇作品として提供されていて、観客としてはそれをそのまま受容するだけで楽しめるように作られている。作りこまれたウェルメイドな作品と言えますが、「実験演劇[無限劇の扉]」ではそれとは異なり様々な意図があり、演劇を鑑賞するだけではない体験が得られる事でしょう。

taigenteikoku.com

体現帝国のホームページから、「実験演劇[無限劇の扉]」の説明を見てみます。

「上質な舞台芸術を実現するためには本公演だけでなく、観客を交えた継続的かつ定期的な実験公演が不可欠だ」として、「創作の過程そのものを舞台として開き、作品を深化させていく」「終わりなき実験のための演劇空間」と定義しています。「観客を交え」「舞台として開き」作品として深化させていくのが[無限劇の扉]であるとしています。

主宰の渡部剛己自身がこちらのインタビューで答えている事によれば。

nagoyatrouper.com

「本公演では商品としての側面から、安全で整った選択が求められますが、『無限劇の扉』では、より攻めた構成や破綻した表現を積極的に選択していきます。言わば、本公演の劣化版というよりは、攻めまくった危険な本公演です。」

つまり、本公演としての安全性を二の次にして、より攻めまくった演出を行い、演劇としての可能性を、その成立の際まで現出させ、演劇の可能性そのものを広げようとする試みであり、さらに「作品について観客も含めた参加者全員での意見交換を行う」などして、さらに作品を追及していく場としている。そういった在り方そのものを「舞台として開き」それを体験する、そこに参加する事までを「実験演劇」としているようです。

そうした意味では、様々な演劇に触れ、一家言ある方も、それとは逆に演劇というものに触れたことが無い方にも楽しめる試みではないかと思います。(ただし、いままで演劇に触れたことない方が、突然体現帝国の『無限劇の扉』なんかに触れたら、びっくりして、ひっくり返って、ドインてなことになってしまうカモネ(って、悟空の大冒険なんて今更誰が知っているのか))


今回の作品ギィ・フォワシィの「石を狙え」の戯曲を読むと、作品自体は短く、ストーリーも非常に単純なものとなっています。「娘が通行人を転ばせ石に頭をぶつけさせる“ゲーム”を仕掛け、紳士たちがそれに巻き込まれていく(体現帝国HPの作品紹介の記述内でネタバレ)」というもので、最初読んだ時には演劇というよりも「コント」なのかという印象を持ちました。

どのような物語なのだろうと考えると、男女の恋の危険性なのかとも受け取れました。娘とそれを取り巻く何人かの紳士のありようかな。または、現代的な持つ者と持たざる者を戯画的に描いたのだろうかとも。

主宰の渡部剛己は「演劇がストーリーやキャラクターのセリフによって、何かを訴えかけるというようなものならば、脚本を配ればいい」と言います。

今回の作品も、私が鑑賞させていただいた範囲でも、すでにこの原作からは想像もできないような世界を展開させていました。まだ拡張させていくのでしょう。

演劇と、戯曲を読む。この両者を並べてみて、演劇は何が違うのか。それは共時態でしょう。不特定多数の者たちが同じ時間同じ場所にいて、そこで共通の(そして少しづつ異なる)体験を踏む。その共時的体験と、差異が演劇鑑賞以前と以後の経験の差異にもなる。

最後にはあなたも「石」を買って帰りたくなるでしょうか。

体現帝国「実験演劇[無限劇の扉]/石を狙え」

体現帝国「実験演劇[無限劇の扉]/石を狙え」
5月2日(土)、3日(日)、9日(土)、10日(日)
午後8時より
内田橋「体現帝国館」
taigenteikoku.stores.jp


劇伴|石を狙え / 作曲:赤木萌絵を聴きながら書きました。
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