市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

「なぜ(略)に答えてみる」で書き漏らした事など(中編)

 昨日に続いて。

 「河村流減税」の特徴で、最大の問題は減税政策と「歳出削減」を接合した事にある。歳出(つまり公共投資)の乗数効果と、減税政策の乗数効果では、明らかに歳出の方が効果がある(これはマクロ経済学の数式で表せる、客観的で明白な差異である。 参照
 つまり、歳出を削減して減税をすればするほど経済は減速する。一般的に経済が活性化することを「過熱」というのであるから、減速する事は「冷却」と言えるだろう。つまり、「減税で民の竈を温める」と言っていた言葉は全くの誤りで、減税政策は「民の竈を冷やす」効果を持つ。

 バブル期の様に、経済が異常な熱狂状態にあり、インフレが深刻化するような場合には、河村流減税政策は有効かもしれない。

 総務省名古屋市の減税を認めてもらう条件として、市債の発行に歯止めがかかっている。これは財政当局にとっては勝利と言える。河村市政でそれほど(それほど)財政状況が毀損されなかったという事実は。市の財政当局が、この条件を上手く使って総量的に河村市長を押さえ込めたということになるのだろう。しかし、河村氏が国政に転出した以降も、この減税政策が「恒久条例」として名古屋市の上に覆いかぶさるとするなら、以降の名古屋市は市債発行による市中経済の活性化ができないということになる。

 本当に、これで良いのでしょうかね?

 名東区における富田前市議の開催された市政報告会で、自民、民主の市議が「事実に立脚する事」を強調されたことは心強く思えた。しかし、気をつけるべきは、この「事実」が幾つもの面を持つという事だ。

 「Pay as you go原則」という言葉がある。元々はクレジットカード払いを使わずに、現金で支払う事を指していたようだが、政治の世界に持ち込まれて「新規の施策を行う際に、その財源措置の明示を義務付け、収支のバランスを求める事」と解されているようだ。
 つまり、財政的にバランスを取る為に、何かの施策を新規に行うのであれば、既存の施策からどれかを犠牲にしなければならない。とされる原則のようだ。

 国においても地方においても、「財政再建」の名の下、議会は行政からこの原則を突きつけられることが多い。

 その大部分は尤もな事の様に思える。行政から提示された数字や文書は、施策の削減を思いとどまらせる「事実」の提示が盛り込まれ、結果として新しい政策はなかなか実現できない。

 ここで行政の示した「事実」を検証し、新しい政策の施行予算を搾り出す努力が、本来行われるべき対応であると思われるけれども、たぶん、なかなか実りが少ないことと思われる。これ以外に方法が無いと思わせるのも行政の、お役人の手練だけれども、実は別の方法が存在する。
 つまり、「Pay as you go原則」自体を疑ってかかるという方法だ。

 そもそも地方自治体の財政の為に、市民生活があるのではない。

 市民生活の為に、地方自治体の財政があるのである。

 国でも地方でも、国民や住民の生活が成り立たなくなったのなら、ありとあらゆる方策をとるべきだ。

 地方財政の破綻と言えば、「夕張」が有名になる。各地方自治体で、公債の償還が叫ばれ、経済拡大の為に財政出動(公債の発行拡大)を求めようとすると「夕張になってしまう」と脅しの様にこの名前が使われる。
 確かに、財政再建団体になってしまうと、財政の自主運営ができなくなり、様々な施策も停止させられる事から、行政としては絶対に避けたい事であるのは理解できる。

 けれども、考えようによっては、地場産業が壊滅した後に、残された移転できない住民の生活をギリギリまで維持しようとした結果、その自治体が財政的に破綻したのだとするならば、その自治体は財政的に最大限の住民サービスを提供し続けていたといえる。
 逆に、財政的な余裕のある自治体は、その自治体の可能な住民サービスを一定規模で抑制していると言えないだろうか。

 別に自治体が財政破綻したからといって「命までは取られはしない」果たして財政再建団体の基準や、認定以降の財政再建計画の策定について、絶対と言えるのかというと、それすら疑問が提示できないわけでもない。


 何でもかんでも財政拡大せよとは言わない。東北で公共インフラの復興すら進まない中で、城を木造で作り直せ!なんてバカな事は言わない。

 しかし、誰でもうなずける、そして緊急性が認められる、待機児童の問題であるとか、河川堤防の信頼性の問題。名古屋市内を走る活断層南海トラフ地震対策。更に、液状化して崩壊してしまえば名古屋港の機能自体を喪失させるポートアイランドの問題。この3年で先送りされ、放置し続けた問題が名古屋にも山積している。こういった課題をリカバリーする為に、「Pay as you go原則」の枠を超えて施策を打つ事が必要なんじゃないだろうか。

 あ゛あ゛あ゛

 まだ本論に行き着かない。今「(後編)」を「(中編)」に書き直しました。

 ここで、減税政策の話をおいておいて、昨日「若者の『嘘』をたしなめる勇気を」で思わせぶりに書いた「減税日本ゴヤ」の「嘘」(というか、この場合「名古屋市会の嘘」に成ってしまう。)とは何かを具体的にご報告します。

11月2日議会報告会での「嘘」

 11月2日に議会報告会が開催された。この様子を名古屋市オンブズマンがブログに詳細に載せている。
 11/2 名古屋市会 議会報告会(モデル実施) : 市民オンブズマン 事務局日誌

 この記載中次のやり取りについて「おかしくないか?」と指摘があった。

質問「名古屋市議会リコール解散署名受任者名簿に関して
 (略)
 請願審査96名のうち何人が受任者か調べろと市議から要求があったのは本当か。また、事務局が名簿公開できないと言ったら、減税日本ゴヤがその理由を文書で示せと言ったのか」

山田まな市議「市議会には請願審査という制度がある。請願署名は議員が今年7月まで見れた。しかし市議会事務局から、今回から見れなくなったといわれた。何でと言っただけ。請願をした個人を追及しようとしたわけではない。

 なお、請願者の中にどのくらい受任者がいるのか知りたかった
 またいきなりルールが変わったのはなぜか、知りたかった

追記:このブログ掲載前に当日の録画をお持ちの方からこの部分を見させていただいて、この山田さんの発言が大筋で間違ってい無い事は確認している。

 請願署名について「今年7月まで見れた」という事実はない。
 私たちが昨年の10月にある請願について、その署名者を知りたいと思って問い合わせをかけても開示していただけなかった。

 「議員が今年7月まで見れた」というのが事実であれば、市民は見れなくて議員であれば見れたということなんだろうか?

 これを名古屋市会議会事務局に確認した。

 すると「請願署名については市民であれ、議員であれ見られない。代表者以外名前の問い合わせには答えられない。この制度について今年の7月前後に変化があったという事はない。もっと以前からこの情報は非開示となっている」との回答が得られた。

 そもそも質問者の質問の主旨は「なぜ、 請願者の中にどのくらい受任者がいるのか知りたかった」のかについて答えて欲しかったのではないのか?

 それをあたかも「議会事務局が減税日本ゴヤを陥れるために陰謀を画策し、情報を非開示にした」とでも言わんばかりの説明をするというのは、完全に論点のはぐらかしで、議論の誤魔化しだ。

 そして、そもそも事実誤認か「嘘」である。

 ここで大問題となるのは、議会報告会の席上で、説明責任を負った議員が、市民の質問に答えた回答に嘘(または、事実誤認)があったという事実である。

 こんな事が許されるのであれば、議会報告会の席上、市民の質問に幾らでもいい加減な回答を返して誤魔化す事が許されてしまう。

 つまり、議会報告会が単なる井戸端会議の無責任な噂話と同程度の物となってしまうのだ。これでは公費と大勢の人員を使って開催する意義が無い。

 この減税日本ゴヤの山田さんの発言は、「議会の回答」であって、市民から見れば議会自体が嘘(または、事実誤認)をしている事になる。市民に嘘の説明をするような議会なら要らない。

 また、ある名古屋市内では有力なメディア(あえて、名は伏す)の記者は、この議会報告会の席上、記者席に突っ伏して居眠りしていたようである。おかげで翌日の紙面には一行も議会報告会の様子は載らなかった。

 このようにメディアが軽視し、若者が口から出任せを語り、そして市民を誤魔化していくことが黙認されていくのならば、この名古屋における市政はいつまで経っても事実に着地する事はできない。

 社説に掲げた高邁な理想を実現するのは、現場の緊張感だろう。

 そして、減税日本ゴヤの諸君、特に教育に携わる鹿島市議に警告する。

 山田さんのこういった一連の発言について、あなたがちゃんとたしなめ、「社会はこんないい加減な言い逃れで通用するほど甘くない」と教えないと、彼女はどんどん現実から遊離していきますよ。あなた、本当に教育に携わって、今後も「人を育てる」という事に発言を続けたいのであれば、すぐ隣に座っている若者に対して、何も指導しないというのはどうした事か。

 則竹前団長は8年かけて河村氏が捻じ曲げたように見える。河村氏の下にいると、若者は捻じ曲がってしまう。

 減税日本が組織として力を持たないのは、現実から遊離しているリーダーの下では、メンバーが組織の中に居続けるためには、現実を正しく認識し続けていて行く事に困難が生じるからだ。メンバー自身の内部で矛盾が発生する為に、組織の中に居る者も現実から遊離する必要に迫られる。こうやって現実から遊離するメンバーは、より一層、リーダーの現実からの遊離を助長する。この循環が成立すると、後は勝手に回り始め、その組織は幾らでも現実から遊離する。

 名古屋市を巻き込むのはご勘弁願いたい。