市民のための名古屋市会を! Ver.3.0

一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。(since 2011/3/3)

ブロック塀でも当選!

名古屋市会議員選挙が終わった。
ある方から「負けちゃいましたね」という言葉をもらったが、私は負けた気がしていない。

私は元々功利主義的なので、そういった側面で見ると、私は何も失っていない。更にある物を得たと思っているので、この選挙では「得をしている」

減税日本の面々は議席を得て、今後「寝とっても貰える」税金から報酬を得られるのだから、「得をした」と思っているのかもしれない。(代表は「サンキュウベリーマッチ」と言っていたが、まさに「得した気分」なんだろう/実際に得だな。減税日本は市会議員に月額一万円の「会費」を払わせているのだから、その金額が増える。そのお金は政治資金収支報告書には記載されていない)しかし、そのお金(税金からの報酬)で食べる食事というものは、「千尋」の両親が食べたものと同じであるとは理解しているのだろうか。河村代表自身が理解できていないのだろうから仕方がない。まあ、「得をした」のであり「儲けた」と思っていただけていればそれでいい。

正直、この選挙において感じた言いたい事は3つぐらいしかない。

これらはすべて減税日本など関係がない事であって、高邁な政治理念とも関係は無い。
しかしどちらも私の心を深く捉えて離さない。

1つは今から軽く触れるが、1つは書くべきか書かざるべきか迷っている。(書かない可能性もある)
最後の一つは是非書きとめておかねばならない類の話であって、これは稿を換えて必ず書き記しておきたい。

軽く触れる一つというのは、名東区の県会議員選挙だ。
ここへは愛知県知事が自民党新人の応援に異常なまでに選挙区入りし、公明党の支援(それも、中央レベルと聞く)を取りつけて、自民党分裂選挙が行われた。さしもの現職長老議員もこれで終了かと思われていたところが、大差の敗北となった。

愛知県知事の御威光というものが無力なのか、この長老議員が強いのか。
いったい「公明党の支援」というものにどの程度のご利益があるものか。色々と考えさせられる。

この選挙区では、つい最近、自民党の選挙区支部長である衆議院議員(ただし、選挙区選出ではなく比例復活)がスキャンダルにより辞職するという問題も発生しており、こうした事もあって、名東区においても入れ換わりが起きるものと思われていたが、そのようにはならなかった。

そして、この結果を受けると、名古屋における自民党の鬼門である「愛知二区」は相変わらず鬼門であり続けるのだろうか。
そしてそれは国民民主党の重鎮である古川代議士の基盤をより強固にするのだろうか。

次の衆議院総選挙において、愛知二区ではどのような選挙がおこなわれるのだろうか。また「ヘンテコな候補」によるヘンテコな選挙が行われ、それによって誰かが「儲ける」とすれば、その図式には暗澹たる思いが漂う。

・・・ある人物が、私に「減税日本衆議院議員選挙とか、参議院議員選挙に無謀な挑戦を続けているけれど、その理由はなんだろうね」と聞いてきた。「やはり河村代表の意向かね」とも。
私の見たては河村代表の意向であることは変わりがないが、その観点は少々異なる。
選挙では選挙を行うことで潤う業者がいる。(有名なマンガ「票田のトラクター」で主人公は選挙用ポスターやチラシを印刷する印刷屋の息子だった)印刷業、街宣車などの機材屋、うぐいす嬢の斡旋業者やその他「労務者」を派遣する業者。更に街宣車を運転する運転手など、実は立候補者や政党の経費だけではなく、公営選挙として公費から費用が賄われるものもある。つまりは、「税金でウハウハ」な状態を作り出せる。(ミニ公共事業の様相だ)(勿論、制度を利用するには適正な手続きを踏まなければならない。そしてその為には行政書士等のノウハウが必要となり、その行政書士自体の収益の場ともなっている)

つまり敢えて悪い言い方をすると、選挙にはそれを目当てにたかってくる人々がいるという事だ。

所謂「選挙屋」といっても良い。こういった類の人々は「宗旨宗派を問わない」その人物(候補)がどのような人物でもかまわない、「選挙屋」にとって候補の良し悪しは金払いの良し悪しでしかない。減税日本、河村代表の周辺にもこうした「選挙屋」がいる。面白い事に、金払いの良さが選挙屋の選別条件であるとすれば、吝嗇をこととする河村代表の周辺に居る「選挙屋」というのもそれに比例した者たちという事になる。
つまりは、こうした有象無象の為に、減税日本は選挙のたびに候補を立てざるを得ないのであって、こうした一つの「エコシステム」が減税日本の選挙を支えている。

今回も、各区の新人にこうした「業者」が取りついているようだが、蓋を開けてみると果たしてそのような経費が必要だったのか。特に名東区の浅井”ブロック塀”康正候補の動向を研究すると、この「エコシステム」がどのようなものかよく判る。新人議員は浅井元団長に聞かれると良いだろう。

減税日本、河村代表に「たかっている」「エコシステム」がポンコツである証拠は、選挙期間中撒かれたチラシにも表れている。減税日本は選挙期間中に党の政策宣伝チラシを新聞折り込みにして撒いた。その内容も興味深いもので、こうした「選挙屋」または減税日本の「ブレーン(自称)」のレベルの低さを伺わせるものだが、それを無投票となった北区にまで撒いてしまうという辺りに、当該選挙屋の無能さというか、緩フン体質が現れている。どうせ上記のような政治資金収支報告書に掲載しなかった金か、テレビタレント河村たかしのファンの集い(支援者を集めた政治資金パーティー)で集めた金だから、こうした無駄もできるのだろう。

なぜ、突然こんな話をしたのかというと、自民党愛知二区にも独特な「エコシステム」があって、それが特異な効果を生みだしており、結果として古川代議士の基盤となっているからだ。しかし、それは私には健全な事とは思えない。

「エコシステム」によって自動運動する政治に暗澹たる思いがするのは、それが民衆と政治を遠ざけているからだ。
有権者は小気味のいいマニフェストやらプレゼンテーション資料、図式、はてはイメージビデオを見せられるだろう。しかしそれがどれほど正しいかは保証がない。「選挙屋」にとって重要なのは顧客(候補者または、政党)の意向であって候補者や政党の主張について正当性は検証しない。もちろん、気の利いた「選挙屋」であればあまりにあからさまな嘘を選挙公約とする事は逆効果であると提言するだろうが、アホな選挙屋や、こうした提言を聞き入れない頑迷な候補者や政党やその代表であれば、あからさまな嘘でも公約に載せてしまう。しかし、選挙屋もアホなら、有権者も輪をかけたアホで、こうした嘘に気が付かないとなればこれは致し方ない。結果有権者というのは、己に見合った政治家しか得られないのだろう。

こうして段々と、悪貨が良貨を駆逐していくと、人々はより一層政治に嫌気を覚える。こうした人々の嫌悪感を見越して、更に悪貨がその座を占める。そしてその道筋を「選挙屋」が整備していく。その代金は公費であり、国民の税金だ。

この選挙直前、名古屋市会では全会一致で特定の議員に対して名ざしで「猛省を求める決議」を行った。
全会一致という事は、勿論、減税日本ゴヤも含んでの「猛省を求める決議」である。もちろん浅井”ブロック塀”康正元減税日本ゴヤ団長に対する決議だ。

失われた名古屋市会の信頼を回復させるため浅井康正議員に対し猛省を求める決議

いざ発災という事になれば、或いは大阪の震災で起きた事例と同じような事故が発生したかもしれないという事を考えれば、議員以前に社会人として恥いるべき事例だろう。

これを容れてか、減税日本ゴヤは当の浅井康正元団長を会派から除名し、浅井康正市議は別の会派となった。しかし、選挙前のドタバタで減税日本は浅井康正候補の公認はそのままに選挙戦に突入し、当選ともなれば会派に向かい入れるようだ。いわゆる「禊ぎ」が済んだという事なのだろうか。

政治資金パーティと、そうした潤沢なお金をかけた政治宣伝による政治。さらに「禊ぎ」によって十分な説明責任を果たしていない無責任な政治運営。そして既得権益と多選、または議席の家族内委譲による政治の家業化。これらはすべて議会リコール時に河村たかしが批判した政治の姿の筈だが、それが今やすべて減税日本にある!

本当に、有権者名東区民はこのような人物を名古屋市会議員として相応しいと考えているのだろうか?

単に、有権者の大部分はこのような事が起きた事を知らなかっただけなのではないのか?

知らなければ判断など付きようがない。


政治や選挙というものが、実は私が思っているモノとは、全然違うところにあるのだろう。



以上は、大体選挙結果発表直後に書いたものだが、4月8日の中日新聞の社説を読んで怒りが込み上げてきた。
上記では3つほどしか言いたい事は無いと書いたが、もう一つ出てきた。

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名古屋城天守有形文化財登録を求める会」が起こした名古屋城木造化事業における住民訴訟
第一回公判の日程が決まりました。
5月16日(木)午後2時より
名古屋地方裁判所 第1102法廷 です。

名古屋城天守の有形文化財登録を求める会